忍受小説
□過去の拍手お礼
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柳生は、ここから暫くいったお屋敷に少し前にひっこしてきた隣待ちの大学教授だった。
普段は屋敷で仕事である科学の研究をしており、たまにこうして侑士の所へ本を買いにやってくる。じつに穏やかな人物で、侑士は憧れていた。
「よぉ。何他の男にうつつぬかしとるんじゃ?…プリ」
その声に侑士が振り向く。いつのまに入ったのか、仁王が立っていた。
「なっ…いつのまに」
仁王は侑士を背後から抱きしめると、愛おしむようにその髪を撫でる。
「やめっ…はなしいや!!」
侑士が振り払うより先に、仁王は侑士から離れ、カウンターに腰掛ける。
「侑士は、俺の許婚じゃ…」
睨む侑士とは対象的に仁王は優しく笑いかける。
「そんなんオトンが死ぬ前に勝手に決めた事や。関係あらへん。せやから俺に付き纏わんといて。」
侑士が出ていこうとすると、仁王がその細腕を掴む。
「あいつが好きなんか?」
その瞳は、まるで獲物を見据える獣のように鋭く光っていた。
「…関係ないやろ。はよ帰って!!」
仁王はため息を落とすと、侑士の髪をもう一度撫で店を出ていった。
侑士は厳重に鍵をかける。
仁王は、父が死ぬ間際に侑士の許可なく決めたフィアンセだった。
身内もいない幼い娘を一人残して行くことが不安だったのかもしれない。父が亡くなった数日後、遺書を持って現れたのが仁王だった。
何を根拠にこの男を選んだのかはわからないが、身なりもあまり綺麗ではなかったし家はボロボロでまるで人が住める様子ではない、仕事も何をしているのかわからず、それに馴れ馴れしい態度が侑士は好きではなかった。
何を考えているのかはわからない色素の薄い瞳が、まるで侑士を獲物のように見つめることが何より怖かった。