短編集

□唄忘れの歌姫
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声を枯らした歌姫は

なにを唄うの?

[唄忘れの歌姫]


夜も更け、人気が全くなくなった公園に香代(kayo)はいた。

漆黒の闇の中、淡い水色と白のチェックのパジャマを身に纏った姿だけが浮いて見えた。

また此処にいるよ。まあ、探す手間が省けるからいいけど、勝手に病院を抜けるのは止めて欲しい。

「♪〜〜♪〜〜」

彼女はいつもと同じ歌を唄っていた。
そして、いつもと同じように俺は香代の後ろに座り込む。

一度だけ目の前で聴こうと座り込んだら、逃げられた。しかも、全速力で。
あの時は、さすがの俺もヘコんだぐらいだ。

それからは、この位置が俺の指定席。

「〜♪〜〜♪♪」

透き通るような歌声。

それを聴きたいが為に、医者の俺はあえて香代が出歩いているのを黙認している。

他人が聞いたら、無責任だとか言うかも知れないが、知ったこっちゃない。

香代は歌を唄いたい。
俺は歌を聴きたい。

それだけだ。


歌い終えた香代は振り向き、話しかけてきた。

口じゃなくて、手で。

『あなたも飽きないね』

『そりゃお互い様だろ、歌姫さん?』

『……今度から金取ろうかな』

『ムリムリ!俺の激安給料じゃ払えん!』

『最初からわかってるよ。さ、帰ろう』

いつも、香代のペース。

そりゃそうだ。俺は歌姫の虜になっちまってるからな。



E N D .
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