短編集
□お月様にさようなら。
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「おい、クソ犬。こんなことしてタダですむと思ってないよなぁ?」
最後に見たのは、悪魔の笑みだった。
お月様にさようなら。
人生はなにがあるかわかったもんじゃない。
例えば、あまりにお腹が空いていて、森で一人暮しの赤ずきんを被った女の子を食べようとしたら逆に半殺しにされたとか。
しかも、素手で。
そしてそのまま、俺は……
「おい、ウィー! 洗濯が終わったら飯作れよ」
森の中、一軒しかない小屋の前。
赤ずきん被ったレイは、男勝りの口調で理不尽な命令を言いやがる。
(ったく、なんで俺が……)
「あぁ? 聞こえねぇな」
うっ……
すっげぇ睨んでくるよ。
「いえ! ありがたくやらせてもらいます!」
あはは、なんか犬みたいで情けなくなってくるよ。
いや、確かに俺は犬科だけどさ、狼としてのプライドつーもんがあるわけで。
ちょっぴり涙が出そうになる。
「なあ、ウィー……」
「……ん?」
いつもきっぱりと言うレイには珍しく歯切れの悪い言い方だった。
「なんだよ」
「―――なんでもない、さっさと夕飯作れ」
かなり理不尽な捨て台詞を吐きながら、小屋へと帰っていく。
「ったく、なんなんだよ。アレ」
奴隷もどきにされてから数週間。
あの我が儘に慣れたとはいえ、少しはこっちのことも考えて欲しいもんだ。
「はぁ……」
吐いた溜め息が、茜色の空へと吸い込まれていく。
そういえば、この空が綺麗だと知ったのはここに来てからだ。
それまでは狩りで忙しくて、空を見上げるなんてことはしなかった。
山菜の取り方も、火のおこし方、食事の前のお祈りや、掃除洗濯家事全般…… は置いといて。
あいつのおかげで、色んなことを知ることが出来たと思う。
「―――俺ってなんだかんだ言って、楽しんでんるかも」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「じゃ、私寝るから今日はお前が戸締まりしとけ」
本を読み終えたレイは、二階へと続く階段を上がっていく。
「返事はー?」
眠たいのか、それとも返事がないことにいらついてるのか、不機嫌な声が二階から聞こえてくる。
「あいあいさー」
「解れば良い」
その声と共にドアを閉める音が響いた。
「さてと」
レイにぶっ飛ばされないように、しっかりと窓の戸締まりをしておくか。
「―――ん? あれは?」