短編集

□金魚の涙
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彼に呼び出された私は、すでになんの話しか分かっていた。

咳払いしてから話しだす。それが彼の癖だ。
グラスの中の氷が踊り、驚いたようにコーラの炭酸が騒ぎだす。
それを合図にしたのか、彼が口を開いた。

『別れようか』

彼の言葉にわざと被せてみた。その驚いた表情と対象的に、私は悪戯っぽく笑みを浮かべてみる。
最初から結論が決まっている話し合いだったのだ。彼に新しい女が出来たことや、私に対して未練もなければ愛もなくなっていることも。
喧嘩してもすぐに仲直り出来ても、次第に薄れていく愛で、私自身も酸欠状態になっていた。

これで楽になる。

双方合意の円満な別れ話しは、たった5分で終わった。私達の五年間はそれだけで終わった。
それほど、薄っぺらで、悲しいほどに清々しい。

別れが終わった後に帰った家には、確かに彼の温もりがあった。
ウザイくらい絡みついてくる想い出に、私は堪えられなかった。
確かに彼の愛は薄れていた。だけど、私の気持ちは変わっていなかった。
出会ったあの日から今まで、ずっと。

ああ、楽になんてならなかった。

余計に苦しくなって、余計に彼を求めてしまう。
あの時に、彼を引き止めていたら何か変わっていたのだろうか。

私は泣いた。みっともなく声をあげて。
目が真っ赤に染まるまで泣き続けた。

みっともなくても、見てる人なんていやしない。
泣き続けても、止めてくれる人なんかいやしない。

私は一人になったんだから。






  

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