論点

□ハイデガーフォーラム第一回大会
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 マルティン・ハイデガーの思想が果たした思想史における力ははかりしれない。その独特な造語、そこに籠められた甚大な意味、鋭角的な視点、それらは人間とは何者なのか、という問いへの欠かすことのできない手掛かりを残した。
 ハイデガーが主要な仕事を残したのは20世紀の前半から半ばである。しかし、彼の思索の射程は永く、ギリシアにおけるソクラテス以前の思索者から中世神学、近・現代哲学へまで及び、しかもそれぞれの読解は揺るがせにできない深さを保っている。ハイデガーを読むとはしたがって、人間の思想の歴史を通して人間は何を考えてきたかを探ることでもある。人間とは何者なのか。それをハイデガーは問い続けている。人間だけが《有る》への個体的理解を持っている。その理解は一人一人の〈私はこう考える〉に先行する。ハイデガーの思索はそこに拘る。《有る》への理解はそれぞれの世界を開く。そこで人間とはあらゆる物体と異なる有るものである…。

 2006.9.16〜9.17に東京大学にて開催されたハイデガー・フォーラム第一回大会で発表された7つの講演について、順を追って内容を紹介するとともに、人力からみた簡単な感想を添えてみたいと思う。そのようにして、今回の大会について振り返ってみることにしたい。

 まず一日目の冒頭に発表された講演『「原因」と「理由」の彼岸への問い―ハイデガーの哲学的企図の再吟味』。これは山口大学の古荘真敬という人(50才前後であろうか)が発表したものである。
 これは講演原稿がかなり長い、B4版で14頁にわたるものなので私からみた要点を整理して書かせてもらうことにしたい。
 まず冒頭で古荘氏はハイデガーの思索の要約を試みる。こう彼は要約する。
《あえて単純に要約することから始めよう。ハイデガーの哲学的企図の核心は、「在るものは在る」という事実を、ある没根拠の原事実として、了解する道を模索することのうちにあった、と言いうるのではないだろうか》(1頁)
 これをハイデガーの思索の核心として取り上げ、「在るものは在る」という“単純な事実”を《没原因かつ没根拠の原事実の生起として了解する場所を開くことが、彼の課題であったのである。》(3頁)とする。そこでまた古荘氏が引用するのがハイデガー『哲学への寄与』の一文「底無しの没根拠(Ab-grund)が、根拠(Grund)の根源的な本質現成である」(原書での379頁)、あるいは『根拠律』の一文「根拠づけるものとしての存在は、何らの根拠ももたず、底無しの没根拠として戯れる」(原書での169頁)である。
 古荘氏はこのように引用することで、「在るものは在る」という命題がいかにハイデガーにとっての思索の核心であったかを裏付け、また、そこでこの「在るものは在る」が遡行不可能な命題である所以をあげるべく、ひとまず物理学的な物体に適用される運動の「原因‐結果」概念の内実を考え(4頁)、そこでは確かに「原因‐結果」が貫通されてはいるが、にもかかわらず、同時にそこには人間による物体の操作可能性が、つまり絶えず観察者の視線が介入していることをあげ、そこに物体の見いだされる地盤としての(超越論的)主観の萌芽をみる。
 同時にその操作可能性とは、人間にとってのモノの制作可能性とも結び付いており、同時に“制作されたものとしてのモノ”というギリシア時代からの伝統的存在概念とも結び付いている。しかし“制作されたものとしてのモノ”という伝統的存在概念に対して終生否定の意を表明し、“制作されたもの”としてでない存在概念の模索に入ったのがハイデガーなのである。歴史の始まりにおける神が世界の創造者として考えられ、次に人間がその座につこうとしてきた。在るものは絶えずそうして“被制作者”として捉えられてきた。しかし、それは存在への越権であり、忘却である、と。
 かように物理学的なモノに対する操作者としての人間の位置とハイデガーの存在概念を対比しながら、古荘氏は、“「在るものは在る」という野生の事実を絶えず飼い馴らそうとしてきた”人間への批判こそハイデガーの形而上学批判の根本的趣旨だったとする。(10頁)すなわち、在るものが見いだされる場としての主観がなければ在るものはない。しかし、その主観は、何者によっても制作されないものだと言うしかない。そこでは伝統的な存在概念の根底に、別の存在概念を見いだすしかない。その存在概念とは、人間という主観がなんらかの現存在を何処からか“贈られた”ものとしてしか、絶えずありえない、という地点にある。主観はそのような受動態として絶えず存在している。そこには存在の根拠はなく、被投的に存在するとしか言えないものである。そのような現存在からみれば「在るものは在る」のである。

−まだ若干古荘氏の立論はつづくが、この辺で止めておきたい。
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