Seyn―小説集―

□類と夢
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─某国立大学医学部精神科医の木田徹がその患者を知ったのはおとといのことだった。その患者はどうやら一ヶ月後にアメリカの有名な心理学研究所に送られることになっているらしかった。その有名な研究所の名前は木田もよく知ってはいた。そこへ行くまでの間、さまざまな研究資料を作成するための短期滞在らしい。ただ、どういう患者なのかは、彼もまだ把握しきれてはいなかった。同僚に尋ねてみたが、一様に木田の仲間は、「いやあ、実はよくは知らないんですよ」とお茶を濁す者ばかりなのである。「じゃあ誰に聞けばわかるの?」と聞くと、「部長の大内さんなら知ってるんじゃないですか?」との答えがやはりおんなじように返って来た。「部長しか知らないの?で、研究資料の作成は誰がやるわけ?」と不審な思いに駆られた木田が尋ねれば、「ああ、それは皆が分担でやることになってます。ただねえ…」と首をかしげる同僚に木田はさらに深く耳を傾けた。「それが、そのお、何の研究をするためのことなのか、やっぱり分からないんですよ。まあ、木田さんも読んでみれば分かると思いますがねえ」「何のための資料作成か、分からないようにしてある?」
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