自由人夢

□兄弟は夕日にかける
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「忍に、彼女ができたらしい。」
神妙な顔つきで兄の口から出た言葉に、リキッドは思わずのんでいた水を吐き出した。
その兄・乱世はそれを見ても何もいわない。むしろ今自分の口から出た言葉の方が余程恐ろしかったのだろう。
「…は?」
口元を拭いながらリキッドは顔をしかめた。
彼女ができた。
あの兄に。
とてもではないが想像できない。
神出鬼没。自殺マニアなうえネクラで常識はずれのあの兄、忍に彼女ができたという。
「は…っ。ま、まさか乱世兄貴。それ信じてるわけじゃないだろうな?」
信じる訳がないといっている声も既に震えていたが、リキッドはあえてそれを無視した。
「信じたくわねーが…なんせそれをみたのがヒーローだからなあ…。」
乱世は頭の中で家の無邪気かつパワフルかつ正直者の末っ子の顔を思い出して溜息をついた。
「いつだよ…それ。」
「さあなあ、そこまでは。」
「あの兄者に…彼女ねえ…。どんなオカルトでサイコな女なんだ?」
「わかんねーぞ。リキッド。案外電波系かもしれねえしな。」
「で?そのにーちゃんは?」
「家にいるらしいけどなあ…。」
家、とは勿論忍が暮らしている浮遊島の事だ。
今乱世達がいる所から、一時間もかからない。
「……やっぱ直接きくべきだよなあ…。」
乱世は眉間にしわをよせてつぶやいた。いった時の反応など目に見えてるからだ。
「そりゃそーだろ?…信じられる話じゃねーけどよ。」
リキッドはそこまで言って口を閉じた。
そして扉を開けたときの兄弟の姿を想像し、乱世と同時に重い溜息をついた。



乱世とリキッドは、忍の住処の浮遊島の地面に足をついた。しかし、その表情には明るいものはない。
リキッドは乱世に軽く目配せをした。それをうけとるようにして乱世は頷くと、扉に手をあて、ゆっくりとドアノブを降ろしていく。
途端に顔に血しぶきをうけたのは、言うまでもない。

「ごめんよ兄者。忍つい…。」
「あーわかってる忍。皆まで言うな。」
先程手首から赤い血を滴らせていた弟に対して、乱世は青い顔をしながら答えた。
こんな事いつもの事なので、特に騒ぐ必要もないがその分心臓に悪い。
リキッドもどうようなので気を落ち着けようと辺りを見渡す。
しかしそんな事は度台無理な話であった。
この兄の部屋に落ち着けるような物があったらそれはそれで怖いのだ。
今日にしても何だか訳のわからない祭壇に『帝月作』と書いた札が何枚も重ねて貼り付けられていたり、怪しい装飾の髑髏や無数の藁人形が置いてある。
そこでリキッドは、その祭壇の真中に異質な物を見つけた。
祭壇に供えられているかのようにおかれた、真新しいマフラー。
「忍にーちゃん。あのマフラーは?」
リキッドがそう問うと、忍はにっと口元を歪めて答えた。
「…汚物子がくれた…。」
「汚物子ってーと…。」
「彼女…。」
乱世とリキッドは、その場で血の気が引くのを感じた。
「か…彼女?」
胸中は慌てふためいていたが、乱世は冷静を装って口を開いた。
「い…いいたのか。忍。」
「うん。」
「どどどど、どんな子なんだ?」
震える口元に無理やり笑顔を作り、乱世は聞いた。しかし答えは返ってこなかった。
どうやら「どんな子」というのを考えているようだった。
「………。」
「し…忍?」
黙りこくってしまった弟に、乱世は恐る恐る名をよんだ。
みかねてリキッドが助け舟を出す。
「にーちゃん。まさかサイコ系のちょっと(かなり)やばめの女じゃねーだろな。」
忍は一瞬キョト、っと目を丸くすると、いきなり体を丸めて震えだした。
「……ふ、ふふふふふふふふふふ…。」
「に?にーちゃ…?」
どうやら笑っているようだ。忍はひとしきり笑う(?)とのっそりと顔をあげた。
「そうだねえ…。」
「な、何が?」
「忍もね。前はそんな子を好きになるんじゃないかなって…思ってたんだよ。」
いまいち忍の言いたいことがわからない。乱世とリキッドはそう思って顔を見合わせた。
「そう言う子だときっと忍も楽しいんじゃないかな…って、思ってたんだ。でも違った。」
「違ったって言うと…?」
「彼女って楽しい人でもあるけど、そのよりも一緒にいてあたたかくなれるものなんだよね。」
「……。」
乱世とリキッドは兄弟の顔をまじまじと見た。
あたたかい、もの。
彼はずっとそんなものを欲していたのだろうか。
知っての通り忍はあたたかいものとは無縁な男だった。
それは彼の性格からか、それとも彼の本質からなのか、彼はあたたかいものを欲している風には見えなかった。
しかし、やはり彼も人として、あたたかいものに飢えていたのだろうか。
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