封神夢

□普通こそ奇跡
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「なんで私がこんな…。」
「自分で撒いた種でしょう。…ああ、今は自分で撒いた豆、ですね。」
「全く面白くない。」

そう言いながら一粒申公豹の唇に豆チョコを押し付ける。
明らかに食べさせる事を目的とせず、わずかでも唇へダメージを与えようとしていた。
…が、勿論申公豹は文句を言うはずもなく嬉しそうにそれを食べる。
その様子に更に苛立ちながらも頬を染めるのだった。

「ていうかいつの間にオートロック!?」
「今朝からですよ。」
「なんで!?」
「こんな事もあろうかと思いましてね。まさか私もこんなにも早く役立つとは予想外でしたよ。」
「こんな事があろうかと思うその発想力怖い。更にその対処法として防犯の為のドアを拉致に利用するとか…。」

間接的にではあるがNGワード発言後であり、更に斜め上の申公豹の思考に声を荒げる気力も弱まる。
ブツブツと文句を言いながら、早くこの罰ゲームを終わらそうと散らばる豆チョコを怨念と共に唇へ。
しかし開かずのドアの正体が申公豹の超能力的力によるものかと本気で思ってしまっただけに、少しホッとする。
この迷惑極まりない人物にそんなモノが備わってしまったなら、もはや地球は終わっても不思議ではない。

「こんな下らない事するんじゃなかった…。」
「なかなかユニーク且つ良いイベントじゃないですか。」
「…あそう。じゃあ来年はエアガンにこの豆チョコ入れて食らわしてあげるよ。」
「エアガンを人に向けて発射してはいけませんよ。」
「大丈夫!申公豹は立派なヒトデナシだから!」
「汚物子………今の笑顔のまま『愛してる』って言って下さい。」
「……。」

喉まで出掛かった無数の暴言は重いため息に変換された。
何を言っても一切ダメージにならない…。
むしろこうして自分が疲れるばかりだ。

「幸せですね。」
「ソレハヨカッタネ。」
「あなたとこうして私の家でゆっくりと過ごしていると、とても心が穏やかですよ。」

拾ったばかりの豆チョコが落下。
申公豹の愛の囁きなんて、もう何万回と何万通りと言われてきた。
やめろと言っても髪を撫でられ、その内その手が体に及ぶなんて日常茶飯事になっていた。
なのに、何故か、どうしようもなく…。

「…それはよかったね。」

普通で自然な言葉。
普通過ぎてしまって普通にときめいて普通に喜んでしまった。
コロンと素直にチョコ豆は唇に押し付けられる事無く、口の中に納まる。

「……。」
「…どうしたの?」

申公豹の今の表情はまさに『鳩が豆鉄砲を食らった顔』。
何故急に汚物子がこんなにはにかんだような温かな笑顔で、優しい声を出したのか。
さっきも同じ言葉を言われたのに、天と地ほどの差がある。
このわずかの時間に何が起こったのか…。
ついに汚物子の怒りが頂点に達し、これは嵐の前の静けさなのか…。
いや、そんな事はどうでもいい。
とにかく可愛らしい。
他人に向ける装いの完璧な笑顔でもなく、自分に向ける嘲笑でもない…素直な笑顔。更に今まで僅かしか見た事がない中でも最上級の。
不意打ちに起こった奇跡のような現象。
急に自分を見つめ呆ける申公豹に疑問を感じ、首を傾げながら汚物子は申公豹の顔を覗き込んだ。

「…え?」
「汚物子愛していますよ!」
「な!?な、なななによ急に!?抱きつくなウザイ離れろーっ!!!」
「あぁ、あなたはなんて可愛らしいのでしょう…!」
「ひ、人の話を聞けっていっつも言ってるでしょ!?なんなのよ本当に、意っ味分からない!!」

ぎゅうっと、完全に隙だらけだった汚物子の体は申公豹の腕に捕獲されてしまった。
逃げ出そうにもいつも以上に強い力で抱きつかれ、抵抗するもなんの意味もなかった。
それでもなんとか必死の抵抗と精一杯の罵倒を浴びせるが、申公豹は汚物子への愛情を吐き出すばかりで会話も成立しない。
なんとも短いつかの間の幸せだったか…。
重いため息を漏らし、頭を申公豹の胸に預ける。
さっき顔を覗き込んだ時…変なメイクを施された真っ白なその顔が、仄かに赤かったように見えた。
しかし、右手に体、左手に頭を固定されているので申公豹の顔を見る事ができない。
“あの”申公豹が赤面?
…やっぱり見間違いだったのか…?
だけど押し付けられているせいで否応無しに聞こえてくる心音は速いような…?

「……申公豹?」
「なんですか?」
「なーに赤くなってるの?」
「ふふ、赤面はあなたの専売特許でしょう?」

平然といつものように笑いながら返されてしまった。
もっと動揺してボロを出せば面白かったのだが…。
それでも汚物子には充分過ぎる程面白い反応だった。

「…なにを笑っているのですか?」
「別にー?」

恥ずかしながら、きっと汚物子の言うとおり自分は赤面していたのだろう。
顔を覗き込んだ瞬間見せたあの驚きの表情。
だからすぐにそれを隠す為に抱きしめた。
先程の質問にも動揺を出す事無く返答できた筈なのに…。
いまだクスクスと腕の中で笑っている。
こうして大人しく機嫌よく抱きしめられていてくれるのは嬉しい事この上ないが…。
敗北感。

(…汚物子の気持ちがよく分かりましたよ。)

汚物子はこの時完全に優越感に浸っていて申公豹が漏らしたため息に気付かなかった。
申公豹がどんなに顔色1つ変えずに嘘をついても、心臓の音までは偽れない。
冷静に返事をするその声と、ドクンッと大きく響いたその音のギャップにはこの1年間ずっと思い出し笑いができてしまいそうだ。
嘘発見器の有効性を実感した瞬間だった。
…しかし、いくら心臓の音で嘘が見破れたからと言って全てを見透かせるわけではない。
申公豹の顔の熱が引いた瞬間、一気に状況は逆転…いや、元通りになる事には気付けなかった。
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