封神夢

□白猫に乗った道化様
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「放せ馬鹿アホカスボケ死ね申公豹ーー!!!!!!!」
「今日も良い天気ですねぇ。」
「聞け人の話!そんなに私の言ってる事が聞こえないなら、アンタの右耳に打神鞭突っ込んで左耳から出してあげようか!?」
「そんな事をしては余計何も聞こえなくなってしまいますよ?ふふふ、汚物子はおばかさんですね。」
「その口に太極符印押し込もうか?え?…こんな馬鹿馬鹿しい事してる場合でもない。今緊急事態なの。」
「へぇ、そうなのですか?」
「しらばっくれるんじゃないわよ。絶対知ってたでしょ。」
「ええ。勿論。」
「…あのさ。」
「はい。」
「申公豹って、本当に封神されればいいのにね。」





白猫に乗った道化様




お分かり頂けただろうか。
今、趙公明によって武王をはじめ4人の人間と道士が囚われの身となっているのだ。
その救出に汚物子を含めた崑崙道士たち(蝉玉は金鰲だが)がクイーン・ジョーカーU世号へ向かった。…までは良かった。
突如現るストーカー。
そして行われる拉致誘拐。
犯行現場には知人も多数いたが、状況が状況、犯人が犯人なだけに被害者の救助は叶わない。
更に犯行後も暴れる被害者に全く動じずに、この笑顔。
まさに完全犯罪。
最強の名に相応しい犯行だ。
そんな状況が、2人の会話だけでもそれはもう容易く想像できた事でしょう。

「まぁ、そう熱くならずに落ち着いて下さい。」
「黒ちゃん。さっきの所に戻ってちょうだい。コレにまともな会話を求めた私が馬鹿だった。」
「おや、コレ扱いですか。」
「う…ご…ごめんね、汚物子ちゃん…。」
「…お願い、黒ちゃん。黒ちゃんだって状況はわかってるでしょ?いつもみたいにコレと遊んでる場合じゃないの。」
「……。」

今まで汚物子は黒点虎にこうした頼みをした事がない。
汚物子もなんだかんだで本当の本当の本当はこういった状態が嫌いな訳ではないし、何より黒点虎に板挟みの苦悩を負わせるのは可哀想だから。
しかし今はそうも言っていられない。
なにせ、この封神計画において人間界の最重要人物となる武王が捕まってしまった。
…いや。仲間たちが捕まってしまった。
いつからだろうか。彼女の中で『仲間』という物が確立され、それが重要とされたのは。
以前は権力への猛烈な執着により、周囲に媚を売っては腹の中では相手を冷ややかに見ていた。
彼女が素を見せて心を開けるのはたった2人だけ。
しかし今、汚物子は仲間を助けたいと真剣に黒点虎に訴えかける。
汚物子の過去の云々までは考えが及ばなくても、その強い想いは黒点虎にも痛い程伝わる。

「戻ってどうするのですか。」
「黒ちゃん。私は行かなきゃいけないの。お願い。」
「戻ってどうするのですか。」

コレ認定され、ついに完全に無視される申公豹。
まぁ…いつもの事だ。
真剣な汚物子にもお構いなしに話し掛け、右腕で相変わらず汚物子を抱きしめ拘束しながらも左手で汚物子の髪を撫でたり手に触れたり頬を突いてみたり…。

「戻ってどうするのですかと聞いているのですよ。」
「皆を助けに行くに決まってるでしょしつこいセクハラすんな変態触るな離せ!!!」
「あなたに助けられると思っているのですか。」
「もう黙れうるさいこの腐れ最強道………は?」

人様がシリアスに話をしている時にベタベタと無遠慮にセクハラをされれば、当然ながら怒りのゲージは急上昇。
申公豹に関しては凄まじく短気な汚物子の我慢はアッサリと限界を突破し、さっきまでの静かな訴えが嘘のように声を張り上げ暴れる。
全くの慈悲もないマシンガンのような勢いの罵倒だったが、弾切れ前にピタリと止まる。
申公豹が何を言ったのかは理解できた。それの意味も理解できている。
けれども、ほんの短い疑問を表す言葉しか出てこなかった。

「あなたが行ったからと言って、仲間とやらを助けられると?」
「…それは、どういう意味?」

汚物子が理解できないのは、理由と意図。
申公豹にはさっきのように何度怒りや苛立ちを抱いたかわからない。
今抱いてる感情も怒りの筈なのに、今までとは違う。
ピタリと一瞬止まって静かに問う。
それはまるで、弾を込め直して急所を注意深く狙うように。
申公表は彼女の変化にも気付いているだろう。いや、予想をいていたに違いない。
けれども申公豹は何一つ変わない。
いつものように、彼女の怒りの引き金を引く。

「あなたは自分の弱さを理解していないのですか?」
「よ……弱いって…私が、弱いって!?ふざけんじゃないわよ!!なんで私が!」
「中の上。」
「な…っ。」
「道士としてのあなたの実力は、そんなものでしょう。」
「た、確かに楊ゼン様や天化様とかナタク様とか…あんな人達には勝てないけど、でも!!」
「だから中の上だと言っているでしょう。」
「でも…だからって…少し位…そりゃあ、あのメンバーでは弱いけど、でもこの私が…!!」

いつものように上手く言葉が出ない。
汚物子は努力をしてきた。
貧しく卑しい最底辺の扱いを受けた人の世界から、才色兼備の皆に愛される道士へ成りあがれる程に。
けれど仙道を極めようなんて気は元よりサラサラない。
あとは、自分になんの不自由も不満も抱かせない程に幸せを与えてくれる程の権力者を我が物とする努力だけ。
色々な事に要領良く立ち回り、努力など既に自分がすべき事でないとすら思えていた。
だから、認めない。

「足手纏いになるだけですよ。」

認めたく、ない。
自分はもう充分努力して強い。
強い、筈、なのに。

「いいではないですか。あなたは彼らとは違います。別に強くなどなくて。」
「私は…足手纏いになんか…!」
「あなたは守られる存在なのですから。」

こんなにも汚物子に苦悩を与えているのにも関わらず、申公豹はやはりいつも通り。
ただただ汚物子が愛しいだけ。
言葉は心を抉っているのに、その腕は体を包む。

「今回はあなたを守る程の余裕が彼らにあるかどうかわかりませんからね。なのでこうして保護させていただいました。」
「申公豹なんか、大嫌い…っ。」

申公豹はいつだって土足で汚物子の中に入り込んでくる。
そう。出会った時だってそうだった。
貼り付けの完璧な笑顔をぶち壊して、汚物子の化けの皮を見事に剥いでしまった。
彼女の目指した幸せ像を崩壊させ、完全に建前だけのものに変えた。
それにつられるように何よりも我が身優先であった思考も薄れ、仲間だとか友情だとか、昔は嘲笑っていたモノをこんなにも今は守りたいと思う。
そして…今回もいとも容易く暴かれる。
自分は人を超えて、地を見下ろし、人々に愛でられ…有能で高貴な存在。
昔の自分はあまりに無様で無能で無力で、思い出すだけで腐った生ゴミを目の当たりにするようだった。
けれど、本当は変わってない。
心の奥底にはまだ処理しきれない生ゴミがたくさんあり、それを懸命に絢爛豪華な囲いで覆って隠すだけ。
自分は弱い。
努力は既にすべき事ではない?…違う。
自分の道士としての成長の幅が見えてしまったのだ。
心も、体も、こんなにも、弱い。

「申公豹なんか、大嫌い…!嫌い嫌い嫌い…っ!」
「私は愛してます。」
「大嫌い…嫌い嫌い…!」

零れる涙を隠すように繰り返されるいつもの言葉。
それに返されるのもいつもの言葉。
申公豹は汚物子の過去を知らない。根深い闇を暴くつもりもない。
汚物子が今どんなに傷つき苦しい思いをしているのかも、二の次。
ただ汚物子が趙公明の前では無力であるから。彼女を危険な目に合わせたくないから。
汚物子を愛しているから。
ただ、それだけだ。

「何があろうが、汚物子は私が守ります。」

それはまるで姫の危機に現れた白馬に乗った王子様のよう。
しかし姫君はそんな王子の言葉等どうでも良いと言うように、痛烈な言葉を連ね続ける。
けれども王子もそんなのは何処吹く風。

(なんて…可愛らしい。)

ほんの少し力と動作を加えるだけで、きっと汚物子の涙に濡れる表情を見る事ができる。
汚物子が自分に見せる初めての表情。
きっと悔しさに歯を噛み締め、怒りに目を吊り上げ、絶望に瞳を潤ませ…申公豹に見られた瞬間殺意が全身を駆けるのだろう。
脳内でその様を考えるだけで、心臓から煮えた血液が流れるように体の奥が熱くなる。
それを早く見たいと逸る気持ちと、涙を隠して必死に強がる姿を見ていたい気持ちと。
笑みを隠す事無くその二つの選択肢の間をさ迷う。
そんな申公豹の甘美な悩みなんて知る由もなく、汚物子は涙が止まるまで大嫌いと繰り返す。
自分を丸裸にしようとする申公豹に対して。
無力で弱い自分に対して。
それを隠し切れない自分に対して。
今泣いている自分に対して。
そんな自分を愛しているとほざく申公豹に対して。
…そんな申公豹を…。

「っ!?」
「…………………あぁ…予想以上で」
「魂魄残さず消え去れぇぇぇえっぇぇぇぇえええええ!!!!!!!!!!!!」
「申公豹ーーーーー!!!!!!」

これ以上ない程幸福に満ちた顔をした申公豹は、空高くから地上へ落下。
だけど申公豹は今日も明日も元気です。
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