封神夢

□Sの目覚め
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**Sの目覚め**



「クッ…ぅ。」

人里離れた山奥。
晴れているのにも関わらず今日は雷鳴が何度か響き渡っていた。
その雷は高い木々には目もくれず、ただ1人のみを追う。
それはまるで、その発信源と同じように。
雷公鞭をかわし切れずに肩に鋭い痛みと熱と痺れが襲う。
汚物子は咄嗟に痛みを抑えるように傷に手を当てるが、逆に触れた手の僅かな熱さえも更なる痛みに変わり顔を歪めた。
しかし対峙する相手は容赦なく汚物子の身に迫る。

「大丈夫ですか!?すぐに私が傷口を舐めて消毒を…。」
「寄るな触るな喋るな生きるなあっ!!」

素早く自分を抱きしめてその口を肩に寄せる顔をグググ…と、力の限り押し返す。
最後には掛け声と共に申公豹の体は反転し、後頭部は地面へとめり込んだ。

「痛いですよ…。」
「あそ。」

申公豹に跨る形になってしまって内心ドキマギしていたが、それを悟られまいと冷たく短い返事の後もう一押し。
申公豹の額に押し当てた手に力を加えてから素早く退く。
…つもりが、申公豹の腕が腰に回されて叶わなかった。

「な、ななにするの!離してよ変態!」
「私を押し倒し組み敷いておいて、何もせずに退けるとお思いですか?」
「なんかおかしいよね、立場と発言が何かおかしいよね!?」
「そう恥ずかしがらずに。…いえ、恥じらい戸惑いながらも懸命に私に尽くすと言うのも…。」
「あっ…ああアンタは、なになな、なにを言ってんのよーーーー!!!!」
「何って、それは」
「死に晒せ変態馬鹿道士ーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」

顔を真っ赤にした汚物子の右手が申公豹の白い頬にhit!
小気味よい音が響き、拘束が緩んだ一瞬のうちに汚物子は脱兎の如く逃げ出して距離をとって身構える。
むくりと体を起こした申公豹の顔には左頬には見事に手形ができた。
さすがに度重なる痛みに眉間に皺が寄っている。

「あなたは天然道士の名残が大きいようですね。」
「なに?馬鹿力って言いたいの?え?このか弱い乙女に?えぇ?」
「可愛らしい乙女ではありますが、か弱くはないでしょう。」

ヒュッ
拳程の大きさの石が申公豹の顔のすぐ横を通り過ぎる。
貼り付けの笑顔のままなんの躊躇もなく申公豹の顔面目掛けて石を投げた。
申公豹がほんの少し、右へ首を傾けるのが一瞬遅かったら魂魄が半分位は飛び出す事態になったかもしれない。

「危ないではないですか。」
「そうね。当たらなくてとっても残念。」
「私は悪い意味で言っているのではないのですよ?…確かに、力が強いと押し倒すのも苦労しますが。」
「本当にその脳みそ1回潰した方が良いんじゃない?」
「はぁ…それよりも。」
「なによ。ため息つきたいのは私の方よ。」
「そろそろ手当てをさせてくれませんか?」
「……。」
「………唾液での消毒は諦めますから。」
「………いや、やっぱりアンタは信用ならない。」

普通に心配してくれているようにも見えるが、どことなく邪な気配が漂っているのを感じ取り手早く自分で手当てをする。
またため息が聞こえてきたけれども聞こえないフリ。
手当てが済むと少し拗ねているようにも見える申公豹の元へ。

「それじゃあ、また始めるわよ。」
「まだ続けるのですか?」
「文句があるなら消え失せてくれない?」
「あなたは強くなる必要などないと言ったではないですか。私が守ります。」
「心の底からお断り。申公豹が勝手にこの私を弱い者扱いして連れ出したんだから、責任とって修行に付き合いなさいよ!」

人を指差してはいけないと言う礼儀はキチンと教わっているが、申公豹をまともな人として扱ってないのでビシッと人差し指を向ける。
プライドをズタズタにされた事等もあって、いつも以上に上から投げ落とすかのような物言いと態度。
大半の普通の人ならば怯えてもいいレベルの迫力。
もしくは生意気だと怒りを煽ってもおかしくない。
極少数の特殊な趣味の人々には大変喜ばれるだろう。
さぁ、では申公豹の反応はといえば…やはりと言うべきか…。

「汚物子…。」
「なによ。」
「今なんと言ったか、もう一度言ってもらえませんか。」
「は?修行に付き合えって言ってるの!」
「その少し前から。」
「少し前?え?」
「責任にとって、と。」
「は?え?責任…とって?」
「っ!ええ!それでいいです。もう一度言って下さい。」
「責任とって…って!なんなの!?なにその恍惚の表情!?キモイ!!本当になんなの!?キモイッ!!!」

さすがは色々な意味で最強の名を誇る申公豹。
一部の特異層さえも軽く斜め上を飛び越えてしまっている。
汚物子の高飛車な態度に喜ぶ等当然の事とし、一部の言葉に夢を広げてしまっている。
訳もわからず疑問と不審で、不安気に申公豹を見上げて言った事で更にその夢は広大に広がったようだ。
急に力強く肩を掴まれて鼻息荒く迫られ、それは恐怖以外の何者でもない。
申公豹の変態っぷりは充分に知っていた汚物子でも涙目になりそうになりながら、見事な右ストレートで撃退。
その時地面に伏した申公豹の鼻から流れる一筋の血は、打撃のせいなのか…。

「汚物子。」
「な、なによ!?」
「私は一向に構わないのですが、あなたがそうやって私に暴力を振るう度に何かに目覚めそうになるのですが。」
「真顔でなに言ってるの!?怖い!キモイ!目覚めるとかなに!?一生眠ってて!もう永眠してて!!」

凄まじい速さで申公豹から距離をとる。
“ドン引き”のお手本と言って良いだろう。
しかしドン引かれてる本人は微笑ましく汚物子を眺めている。

「本っ当…大っ嫌い…!」
「私は大好きですよ。」
「う、うるさい!とにかくしゅ、修行!脳みそ腐った事言ってないで、黙って協力しろ!」

ドン引きしてやや青ざめたようだった顔色も、瞬時に赤みを戻す。
その事に自分自身でも気付いて心の底から苦々しく思う。
そんな八つ当たりも含まれた怒声が響く。
やれやれ、と乗り気ではないが、愛しの汚物子が自分に“お願い”をしているのだから断りきれない。
…果たして世間一般に汚物子の言動が“お願い”なのかは大いに疑問だが、勿論申公豹にはそんな事関係ない。
バチバチ、と右手に握る雷公鞭が光り音を立てる。
それに反応して汚物子も先程までとは違った少し緊張したような顔つきになり、宝貝をかまえる。
そんな汚物子の表情に少し見惚れながら、最強の力を振りかざした。

「雷公鞭!」

本日何度目かの雷が落ちた。
その軌道と威力を瞬時に判断し、宝貝を振るう。
宝貝の攻撃同士がぶつかり雷が弾かれた。
しかしその一撃で終わりではない。
雷が消えたのを待っていたかのように汚物子の背後から新たな稲光。
それを焦る事なく冷静に避け、今度は真上から来る攻撃を宝貝で受け…。
次から次へとランダムな方向・威力で雷が汚物子を襲う。
だんだんと疲労から動きと攻撃力が弱まっていくが、休む間もなく現れる雷を必死に迎え撃つ。
一方。汚物子追い詰める雷を発生源はといえば…うっとりとその姿に見つめている。
雷と舞う汚物子の姿はとても美しい。
そして余裕をなくて更に鋭くなる眼光、時に息をのむ表情…それらが申公豹を惹きつける。

「ひ…っ。」

小さな悲鳴。
汚物子の隙を突いて現れた今までより威力の強い雷。
避ける事は不可能と思い力を振り絞り宝貝で攻撃を押し返そうと試みたが…。
黄金の光りに打ち砕かれ、一直線に汚物子の体を貫いた。
鋭い痛みと全身を駆ける強い痺れで叫びすらまともに出なかった。
ただ地面に伏し、呼吸をするのが精一杯だった。

「大丈夫ですか?」

足音と声、すぐ傍まで申公豹が来ている。
体に力が思うように入らないが、ガクガクと震えながらも肘を突きなんとか顔を上げる。

(悔しい。)

あんなにも無数の攻撃をしていながら、申公豹は呼吸1つ乱すことはない。
“最強宝貝”にはあの程度の威力の雷をいくら出そうとも疲労とは程遠い。
それを容易く操る申公豹はまさに“最強道士”。
普段は汚物子に殴る蹴るされているが、汚物子を打ちのめす事等…命を奪う事さえ簡単なのだ。
なんだかんだで身も心も汚物子の全ては申公豹の手の内。
それが堪らなく悔しい。

「大、きらい…。」

大きな申公豹の目を睨み付けてそれだけ言うと、また地面に伏して体を休ませる。
石ころが体に当たっているが、それが酷く懐かしい。
昔も同じように痛みを伴ってこの感触を味わった。
でも違う。

「…愛しています。」

体が宙に浮く。
地面よりも温かいぬくもりに包まれる。
それが嬉しくて、でも悔しくて、愛しくて、憎らしくて。
…安心していた。

「…嫌いだってば…。」

表情を見られたくなくて、顔を胸に押し付ける。
申公豹の心臓の鼓動が聞こえる。

「申公豹も心臓動いてるんだ…。」
「当たり前でしょう。」

クスクス笑いながらその音に聞き入る。
それが通常よりも速いなんて事は汚物子にはわからない。

(私がいとも容易く放つ攻撃に、汚物子は必死になる。そして敗北し、地に伏し、私を見上げる。弱弱しい強気な視線で…。)

ゾクリ、と申公豹の中で何かがざわめく。
怒った顔や照れた顔も可愛らしいが、たまに向けられる笑顔が堪らなく愛おしい。
こうして自分の腕の中で安心し切る事に幸せを感じる。
このままずっと傷1つ負う事のないように守り続けたい。
…が。
趙公明戦を回避させてから見せる汚物子の脆さ。
それが申公豹にも変化をもたらす。
弱る汚物子を見下ろした時のあの征服感。
今までとは違う快感。

「まったく…汚物子も罪な人ですね。」

そう言って笑う申公豹の表情を汚物子がもし見ていたらどうしていただろうか。
とりあえず、普賢がこの場にいたならばこの山は消し飛んでいた事は間違いない。絶対。確実に。
しかし軽い眠気に襲われる程安らいでいる汚物子は知る由もない。
普段とは異質な申公豹の笑顔にも、知らず知らずの内に自分がおかしな扉を開いてしまった事…。
この数十秒後に自分が大声を上げて申公豹の顔面にグーパンチを入れている事。
今は何も知らないまま心地良さに酔いしれていた。
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