その他夢

□あなたの隣で
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【あなたの隣で 前】

「こんにちは。突然すみません…あの、またクッキーを作ってみたのですが…良ければ貰って頂けませんか?」
「……。」
「いつも私なんかが作った物を押し付けてしまってすみません…。ついつい作り過ぎてしまって…受け取って下さっていつもありがとうございます。」

何か言いたそうではあるが、いつも何も言わない。
代わりのように響く聞き慣れた“キングエンジン”がとても心地良い。
最強の男にはあまりにも不似合いな袋の組み合わせについつい笑みが零れてしまう。
ぎこちなく笑って、受け取ってくれる。
それだけで私は幸せ。

「お前…礼ぐらい言えよ?」
「さ、サイタマ氏…!」
「……あら、お友達がいらしてたんですか?初めまして。隣に住む汚物子です。」
「ああ、俺はサイタマだ。よろしくな。」
「サイタマ、さんですか。…来客中にお邪魔してすみませんでした…。」
「いやいや。こっちこそクッキーご馳走様…って、だからなんでお前は何も言わないんだ!?」
「私の余り物を押し付けてしまっているだけですから。どうぞお気にせず余計な口出しなさらないで下さい。…では、お邪魔しました。失礼します。」

少し早口にそう言い終えてから、頭を下げて数歩先の隣の我が家へ。
静かにドアを閉め、鍵とチェーンをかける。
脱いだ靴を揃えて端へ避けて、少し早足で私はクッションに顔を埋めた。

「あああんのクソハゲサイタマァァァァァ!!!!!!!!!」

私の絶叫を受け止めたクッションが次に受け止めるのは、拳。
一発、二発、三発…。

「ハゲのくせにーッ!!!」

抱きしめる、というより締め上げるようにしがみ付いてまた絶叫。
気は晴れない。けれど、少し落ち着いた。
大した運動でもないのに肩で息をしてしまう。
乱れた呼吸を整える為にキングの写真を眺めながら何度か深呼吸。
5回繰り返してから私の怒りをいつも受け止めてくれるクッションをそっと元の位置に置いて、モニターへ向かう。
それは数分前と変わらない風景。
ハゲとキングが楽しそうにゲームをしていた。
私のクッキーを食べながら。

「〜〜っ!!テメェは食ってんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!!!」

込み上げる悲鳴を一度飲み込み、クッションを手に改めて叫ぶ。
憎い。あのハゲ、サイタマとか言うハゲ野朗が憎くて憎くて堪らない。
皆に恐れられ讃えられるキングの秘密を知っているのは、世界で私だけだったのに。
私だけが彼の理解者だったのに。
あの日突然このハゲは現れた。
図々しくキングに話し掛け、ゲームをし…怪人を倒した。
可哀想なキング。そこで醜態を晒してしまったから、バラされないように仕方なくこいつを家に招いているんだ。
本当なら私がハゲをその毛根のように消滅させてやりたいけれど、奴は強い。
たかがB級ヒーローのくせに…。

「…何がヒーローだ。お前は敵だ。私とキングの間を邪魔する…私の敵だ。だから悪だ。お前は悪者だ。いなくなれ。いなくなってしまえ。」

クッションを手放し、ポツリポツリとモニターに呟く。
無力な私だけど、想いなら怪人だろうとヒーローだろうと引けをとらない。
この想いが呪いとなってあいつに届くように、丸いツルツルの頭に呟き続けた。
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