その他夢

□ゆるふわ脳みそ
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「関パニちゃん。」
「音速のソニックだ!」
「ふふ、さっきからなんですか?その太ったデブ、みたいな可哀想な日本語は?面白いですね。それより、お茶のお代わりをどうぞ。」
「……。」

トポトポと白いカップにダージリンティーが注がれ、また良い香りが鼻に届く。
その上品な香りも決してこの疲れを癒す事はできなかったが。
ユラユラと波打つそこに写るのは歯を食いしばって羞恥心と心の傷に耐える青年の顔。
そんな相手の表情もお構い無しにお砂糖は?とニコニコと聞いてくるこの“依頼者”に、何度目かも知らぬ深い溜息を吐いた。

「…おい。誰が砂糖入れるって言った。」
「あらら?頷かれませんでしたか?」
「…もういい。」
「関パニちゃん!このマカロン、とても美味しいですよ!」
「だから…っ!!誰が関パニだ!!」
「関パニちゃんは関パニちゃんですわよ?」

今、更に苛立ちと疲労が加わり見るも恐ろしい表情を向けているにも関わらず、何故か楽しそうに変わらずこちらを見つめてくる。
あまりに無邪気な笑顔で毒気を抜かれ、こうして疲労感だけが蓄積されていた。
もう何度こんな事を繰り返したのか…。
いつも通り仕事の依頼を受けただけ。『依頼主の護衛』と言うよくある用心棒の仕事。依頼主に付きっ切りなんてのも普通だ。
ただ…確かに少し異様ではあった。
まだ自分と同じ位か下か…そんな女が、破格の依頼料を提示して自分を守れと今と同じ笑みを浮かべ言ってきたのだから。
どうやら胡散臭いインチキ宗教のお飾り教祖をやらされているらしい。
普段は両親が信者から金を巻き上げ、その間こうして優雅に家に籠って、気が向いたら信者の前に出て金を巻き上げる。
あまりに大金を積むものだからどんなに危険な仕事だろうと少し期待し受けたのだが、現れるのは美味しいお茶とお菓子ばかり。

「…何がしたいんだ…。」
「何、って…。ただ関パニちゃんとお茶を飲んで、お菓子を食べて、お喋りをして…。」
「俺は用心棒として雇われたんだ!お前のママゴトに付き合うつもりなど…!」
「関パニちゃん。…最強の忍者さんなら、きちんと契約は守ってくださいね。」

まるで母親が嗜めるように優しく、けれど有無を言わせない口調。
ぐ、と思わず言葉を飲み込んでしまい腹立たしさ紛れに床を思い切り踏みつけた。
それでも全く怯む事無く、はしたないですよとのん気にマカロン片手に言っているのだ。
ソニックが多額の金と引き換えに結んだ契約内容は『契約期間は一ヶ月』『依頼主の汚物子に傷一つ付けさせず過ごさせる』等の幾度となく交わしてきた物の最後に『15〜16時は汚物子の部屋から出ず必ず対面していること。』というものがあった。
訳の分からない契約ではあったが、まさかそれがこんなお茶会の為だと誰が予想できたか。
更にこの掴み所のない女とのお茶会は2日目にして既にここまで苦痛となるとは…。
チラリと時計に目を向けると、長い針はのろのろとまだ真下を少し過ぎた辺りだった。

「…クソ!」
「もう関パニちゃんったら…。そんなに口や態度が悪いと折角の可愛さも台無し……あら?あらあらまあ!関パニちゃん凄いですわ!関パニちゃんはいくら粗暴な行いをしても一切損なわれずに可愛いです!」
「全然嬉しくねーよ!!なんなんだお前は!いちいち可愛い可愛いって…褒めてるつもりか!?」
「ふふ、照れてる関パニちゃんも可愛いです。」
「照れてんじゃねえよ!!可愛いって言われて喜ぶ男が何処にいる!?」
「さあ…。男性の事は分かりかねます…。関パニちゃんは男性の事は詳しいんですか?」

一瞬の静寂。
さっきまでの騒がしかった声はなく、部屋には外で鳥が囀る声や木々の揺れる音だけが穏やかに流れ込んできた。
ティーカップを持ったまま、ただ返答を待ち見つめる汚物子。
しかしその口から出た言葉はあまりに予想斜め上で、怒りはジワリジワリとゆっくりと頭まで上ってきた。

「馬鹿にするもの大概にしろよ…。いいかよく聞けよ!男は可愛いなんて言われても不愉快なだけだ!男の俺が言ってるんだ!分かったな!?」

皿に盛られたマカロンが一つ、震動に耐え切れずコトリとテーブルに落ちた。
さすがに驚いたのだろう。
パチクリと瞼を動かし、少し開いた口からは何の音も出ない。
やっと黙らせる事ができたのはいいが、なんとも言えない居心地の悪さ。
呆然と自分を見つめる汚物子のに耐え切れなくなり、舌打ちをして睨み付けていた視線を外してしまった。
外から爽やかな風が入ってくるのに、一向にこの部屋の重さは吹き飛んでいかない。

「…ふ、ふふ。くすくすくす。」
「は…っ!?」
「関パニちゃんは本当に面白いですね。」

あれほどまでに重苦しく感じた空間が瞬時に溶け出す。
ソクックの思考も怒りも、口に入れたアイスのようにあっさりと。
相も変わらず笑い続けた汚物子は疲れたのか紅茶を飲んで一呼吸。
まだ立ち尽くすソニックに一層笑みを濃くした。

「こんなに可愛らしい関パニちゃんが男性な訳がないじゃないですか。」

何故だか体が一瞬寒くなった。
この感覚は、そう、最近ではあのサイタマと対峙した時に似ている。
サイタマの一撃とは違い、汚物子といると自分がチョコレートのようにゆっくりと溶かされ敗北しつつあるような…。
そこまで考えて不意に我に返った。
…こんなただの女があの常識外れの強さを持つサイタマと同じ?俺が敗北?
何を馬鹿な、こいつはただの脳内お花畑の阿呆な女だ。

「もし万が一…関パニちゃんが男性だったら…私、凄く困ります…。」

ソニックの心情等知る由も無く、クッキーを一口。
彼女の頭の中では“男関パニちゃん”が現れたよう。
眉間にしわを寄せて、眉をへの字にしてなんとも悲しそうな表情。

「…はぁ。俺が男だと何が困るって?」

彼女の意識が自分自身から逸れたおかげか、急速に冷静さが戻って来た。
最近のストレスで少しおかしかっただけの事。
乱暴にまた椅子に座って冷めた紅茶を一気に飲み干した。
カップを置いて正面を見ると、まだ情けない顔の汚物子がいた。
この表情と、そしてさっきまでの自分が馬鹿らしくて笑えてくる。
テーブルに落ちたマカロンを拾い食べると確かに美味しい…が、このふわりとした生地が歯に纏わりつき少し不快だ。
そう思いつつも紅茶を一杯注ぎ足し、今度は赤いマカロンを頬張り同じ甘さと不快感を味わう。
紅茶を口に流し込んだ時目に入った時計は45分を過ぎてる。
この可笑しなお茶会から開放されるまで、あと少し。

「もし…もしも、関パニちゃんが男性だったら…こんな可愛い男性、絶対他にはいませんもの。私を関パニちゃんのお嫁さんにして頂かなくては。…はあ。折角お友達ができたと想ったのに…。」
「ぶッ!?」
「まあ!関パニちゃんったら紅茶を霧吹きのように噴出して…とても面白いです!でも汚れてしまいますし、食べ物で遊んでは駄目ですよ?」

本日のお茶会終了まであと10分ちょっと。
契約終了まで残り28日。
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