その他夢

□すれ違いプロポーズ
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「ねえねえお兄ちゃん。」
「なんだ?」
「なんでお兄ちゃんはいつも女の人を見ると走って行って、こうやってしょんぼりして戻ってくるの?」
「それは…愛が見つからないからだ…。」
「愛…?」
「オレの溢れる愛を受け止めてくれるこの世でたった一人のスウィートだ。」
「…それって、お嫁さんって事?」
「そう。さすが汚物子。利口だな。」
「…私じゃ、お兄ちゃんのお嫁さんになれないの?」
「……………汚物子は小っこいな。」
「ち、小さくないよ!背の順で後ろから5番目なんだから!」

小さい頃よく遊んでくれた近所のお兄さんは、今思い出してみると本当に変わった人だった。
よく落ち込んでよく怒ってよくナンパして玉砕して、何故かピコピコハンマーを常備してて。
たまに男の子を連れて来るようになってからは、その子にお兄ちゃんを取られたような気がしてヤキモチを焼いたりもしたっけ。
でもなんだかんだで三人で遊ぶのも楽しかったな…ほんの短い間だったけど。
あの晴れた寒い日の夕方、2人共死んじゃったから。
悲しくて怖くてこの事件も、楽しかった思い出も、貰った玩具と一緒に押入れの奥の奥へとしまいこんでしまった。
…でもやっと今、お兄ちゃんを思い出せたよ。
そっか…これが走馬燈ってやつなのね。



=すれ違いプロポーズ=



気持ちのいい天気の中、散歩をしていると突然近くで救急車のサイレンが鳴り出した。
その音に反射的に眉間にしわが寄ってしまう。
やっぱり血まみれの自分が救急車乗せられるの見ちゃったからなぁ…。
つい思い出してしまいなんとも言えない…心が黒ずんでいくような気持ちの悪さに襲われる。

「あっるっこう!あっるっこう!わたっしはーげーんきー!」

耳を塞いで空を見上げ、歌声で忌まわしい光景を吹き飛ばすように大声を出した。
どうせ誰にも聞こえないんだから、大声出したって大丈夫。
幽霊になって飛べるようになったんだから、こんな気持ちで空中散歩したくない。

トントン

「へっ…?」

突然肩に触れる何か。
生きていたら確実に心臓が跳ね上がっていたに違いない。
けど私は死んでいるのだ。
死んでいるから心臓は微動だにしないし、こうやって誰かが触れる事もない。
それなのに…視界の端には間違いなく、自分の肩に“手”が乗っていた。

「ひいいいおばけーー!?!?」

傍から見ている人がいれば、これはなんのコントだと思うに違いない。
でも幸か不幸か、私はまだ他の霊と遭遇してないものだから、つい…。
しかも情けない事に、逃げようとしたら腰を抜かして前のめりに倒れて膝をつき動けなくなってしまった。
幽霊が幽霊に驚いて空中で“orz”の格好って…本当、どういうことなのよ…。
恐怖と不甲斐無さに泣いてしまいそう。

「面白い子だ…。」

背後…屈んでいるのか、すぐ後ろ…第三者から見れば私の上から聞こえた低い男の声。
私は自分の震える手を見て考えた。
幽霊の世界においても男女の力の差は健在なのか。
自分の手には見知らぬ男の霊を倒すか振り切るかの力があるか。
…自分の弱弱しい手に絶望した。全く誰にも勝てる気がしない。

「怖がらないで。キミに危害は加えない。」

優しく宥めるような声。
何故かとても懐かしく感じて、絶望していた頭に一気に希望が溢れた。
そうだ、冷静に考えれば彼も私も同じ幽霊。
生きていた時と大して変わらないじゃない。
この幽霊が怖い人とは限らない…!

「むしろオレの全身全霊をかけてキミを一生守り続ける!!Myスウィート!!」
「ひいっ!?違う意味で怖い人だった!!し、しかも一生はもう終わってるじゃない!!」
「じゃあ今から来世の一生を終えるまで!!」
「来々世では酷い目に合わす気ね!?」
「この魂尽きるまで!!オレの全てを捧げる!!」
「ごめんいりません!!」

あれ?
完全にパニック状態で我ながら訳の分からない事押し問答の末、男は絶望の表情で受身の態勢もとらずフラリと後ろに倒れていった。
言葉が途切れた瞬間に私はハッと気付く。
あの声、あの服、あの顔…ピコピコハンマー。
今目の前にいるこの人は…。

「え、落ち…っ!?」

私のように空中に留まる事はなく、彼はそのまま下へ下へと真っ逆さまに落ちて行った。
咄嗟に手を伸ばすけど、勿論もう遅い。
このままだとコンクリートに体を打ち付けられ…ゾワリと体が震えた。
受け止めなくては、とすぐに自分も地面へと急降下する。
見る見る2人の距離も近付くけど、地面ももう目前まで迫っていた。
あと少し、あと少しで手が届く!

「お兄ちゃんッ!!」
「え?」

あと数cmで手が届く。
思わず昔のようにそう呼び叫んでしまった。
すると絶望の底にあった虚ろな左目が見開かれ、私を見る。
その場の宙にピタリと浮いて。

「は!?きゃー!!!」

ドシンと盛大にコンクリートへ墜落したのは私一人。
そうだ…もう死んでるんだから落ちたって死なない…。
もう今度こそ自分の馬鹿さ加減と痛みでジワリと涙が滲んで来た。

「……大丈夫、か?」

差し出された大きな手を辿って見上げると、戸惑っているような警戒しているような…さっきまでとは明らかに違う様子の彼。
そんな顔をまじまじと見つめながらその手を取り立ち上がる時には、私の中で確信となっていた。

「お兄ちゃん…えと、犬塚我区さん、ですよね?」
「……。」
「私がまだ小学生の時、近所に住んでいてよく遊んでもらった汚物子です。…覚えてないですか?」

じぃっと、それはもう穴が開くほど無言のまま見つめられ続けた。
しかも手を掴まれたまま。
たまに何かブツブツ言っているが上手く聞き取れず、変な汗が出るのを感じて引き攣った笑いを浮かべるしかできない。
すぐ横を買物へ出掛ける様子の女性が通り過ぎるが、当然素通りして行ってしまった。
私がこんなにも助けを求めて見つめているのに…。

「……なのか…。」
「え、あ、あの?おに…我区さん?今なんて?」
「これが、運命なのか…!?」
「ひ!?」

片手で掴まれていた手に更にもう片方の手まで覆いかぶさって、ぎゅうっと少し痛い位強く握られた。
しかも突拍子も無い事を大真面目な顔を思いっきり近付けて言うもんだから、どうしたらいいのか…。
ひたすら口を金魚のように動かし、オドオドと戸惑うばかり。

「ひめのんが…オレのMyスウィートが大馬鹿ボンクラ野郎に奪われた…。近々オレと結婚するはずだったろうのに…。」
「は…はあ…死んでも相変わらずだったみたいですね…。」
「あ、駄目だ。腹が立ってきた。もう一度ぶん殴ってこよう。」
「ええ!?な、なんですかその巨大ハンマー!?そんなので人殴っちゃ駄目ですよ!危ないですからしまって!!落ち着いて!!」
「……ヤキモチ…?」
「は?」

突然我区さんの手に現れたのは大きな大きなハンマー。
こんなので殴られたら死んでても大変な事になってしまいそうだ…。
必死になってコートにしがみつくと、何故だかニヤァと嬉しそう。
訳が分からないし正直不気味だけど、また一瞬で嘘のようにハンマーが消え去ってくれたからとりあえず一安心。
安堵と疲労で大きなため息が零れ出た。

「ひめのんはオレにも本当に愛し合える人が必ず現れる、そう言った。愛するひめのんにそんな事を言われたショックで思わずアパートを飛び出してすぐ…汚物子の歌声が聴こえたんだ。」
「は、はい…。」
「それがあの汚物子だったんだ……運命だ!!これを運命と呼ばず何をそう呼ぶ!?」
「さ、さあ…?」

何度か母親に犬塚さん家のお兄ちゃんと遊ぶなと言われた事を思い出し、今理解できた気がする。
いつも女の人に駆け寄って玉砕してたのはこういう事だったのか…。
なんとかは死んでも治らないってこういう事なのかと、失礼ながら納得。

「オレが馬鹿だった…年の差なんて些細な事を気にしていたばかりに…!汚物子はオレの青い鳥だ!!」
「ごめんなさい。空飛んでましたけど人です、私は。さっきから本当に意味分からないんで、そろそろ理解できるように分かりやすくお話してくれませんか?」

少しうんざりしていてぶっきらぼうに放った一言に、ガクさんの動きがピタリと止まった。
瞬時に後悔。
そうだ、この人はミスターガラスのハート。ちょっとした一言にも酷く傷ついてしまう人だった…。
何度幼い真っ直ぐな私の言葉が彼を泣かせ、ごめんねと頭を撫でて宥めた事か…。
そんな事を考えている間にもガックリとその場に片膝をついてしまっている。
いつの間に右手はまたもやぎゅ、とその大きな両手によって握られているし。
ヤバイ、この人泣き出す?謝らないと…!

「が、我区さん!」
「オレと結婚してください。」
「ごめんなさい!」

…え?
すぐ目の前で硝子が粉砕する音がした。

「うわああああああああ!!!!!!!!」
「えっ、我区さん違っ!!ていうか結婚!?え!?ちょっ我区さんー!!!」

走り去るその背はあっという間に消えてしまった。
私はさっきまで握られていた手を伸ばし、その場で呆然。
カーカーとうるさいカラスにやっと我に返り、その姿を目で追うと相変わらず気持ちのいい澄み渡った空。
さっきまであの空をふわふわのん気に散歩していたと言うのに…。
我区さんを追いかけなくてはいけないのだろうけど、頭が上手く回らず暫くぼんやりそのまま空を見上げ続けた。

「…あ。……私、昔お兄ちゃんのお嫁さんになりたいとか言ったの思い出しちゃった………うっわー恥ずかしいー…。」

私の頭を撫でて小さいと笑った遠いあの日。
我区さんに失恋して、我区さんを亡くして、我区さんを忘れて…。
その果てにこんな未来がくるなんて誰が想像出来ただろう。

「……死後の結婚てどんなんだろ?」
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