その他夢

□あなたを想って
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「クックックッ…。」


=あなたを想って=


「……太郎さん、あれ…。」

恐怖に顔を引きつらせてそう言ったのは徳。
そして…“あれ”と言うのは、ここ『Cafe'吉祥寺』のさわやかな店内の雰囲気とはかけ離れ、禍々しいものを漂わす厨房の皆川ひふみ。
彼が黒い何かを纏っているのはいつもの事だ……が、今日は少々様子が違うようだった。
それに恐怖を覚えた徳が、丁度隣にいた太郎に声をかけたのだ。
しかし太郎はチラリと徳を見た後、気のせいか青い顔をしている。

「何も見るな。何も聞くな。間違っても話かけるんじゃないぞ。」

そう低い声で言うと、深いため息をついた。
丁度客のいない時間なので、仕事に逃避する事もできない。
外を見れば雨。
静かな店内に雨音と……皆川の笑い声と……未確認物体の鳴き声。
ハッキリ言って、精神の拷問だ。

「…お〜い、太郎。お前チーフなんだからどうにかしろよ。」

そう言って、あからさまにウンザリとした様子で突如現れた真希に、徳は驚いて後ずさった。
が、太郎は真希の発言の方に目を見開いた。

「な…なんでオレが!マキ!お前はもう皆川にやられ慣れてるだろ。どうせ役に立たないんだ、たまには身を呈して店に貢献しろ!」
「なんだと!?言っとくけどな、この店の売上の8割はこの大久保真希さまの美貌のおかげだぞ!!」
「お前が救いようのない馬鹿なのは知ってるが、それでも休み休み言え!」
「ちょ、ちょっと2人がケンカしてどうするんスか!」
「そうだ!徳。お前が行けばいいじゃんよ。」
「へ?」

いつものごとく、ケンカを始める2人に対して仲裁に入ったはいいが……見事に火の粉を浴びる事になってしまった。
しかも言い出した真希だけではなく、さり気なく太郎の方も頷いていた。

「い、いいいい嫌ッス!!絶対嫌ッスよ!!」
「心配するな。いくら皆川だって、人命まで取るなんて事しないだろうから。」
「当たり前じゃないッスか、太郎さん!!余計恐くなったじゃないっすかぁ!」
「この、馬鹿太郎!……あ〜、とにかく…きっと…いや、絶対…むしろ、多分大丈夫だ、徳!どーんとぶつかって、砕けて来い!!」
「砕けたくないッス〜〜〜ッッ!!…ここは、やっぱり最年長のマキさんが…。」
「お…俺!?俺は絶対いやだ!…ほら、チーフ!!出番だ!」
「こういう時ばっかりチーフチーフって…お前等なぁ…!」
「皆さん集まって……何やってるんですか?」

不意に背後から声をかけられ、3人ともビクリと体を震わせた。
しかし、その声の主が一番恐れていた人物の者でないとすぐ分かり、揃って肩の息を抜いた。

「な、なんだ純かよ。驚かすなよぉ〜。」
「どうしたんです、徳さん?顔が青いですよ?」
「ああ、純。買出しご苦労さん。」
「あれ?太郎さんもちょっと顔色悪いですね。…あ、マキさんまで。」
「…あっ!!そういや純。お前買出しから帰って……厨房、行ったんだよな?」
「え?…はい。行きましたけど。それが何か?」
「皆川に……会ったか?」
「はい。とっても機嫌良さそうで…僕、ケーキ頂いちゃいました。」

にこやかにそう語る純とは正反対に、やっぱり3人は顔を青くしたり白くしたり。
それを見て疑問符を浮かべる純。

「…本当に、どうかしたんですか?」
「いや、だってよぉ…。あれは機嫌イイって言うより…ただ単に不気味…。」
「誰が不気味なのかなぁ?マ・キ・ちゃ〜ぁん?」

ゾクリッッ!!!!!!!!
店内の気温が一気に氷点下になったような気がした。
(やはり)純を除く太郎と真希と徳の3人は凍りついた。
もはや言うまでもないが、彼らの背後から気配なく現れたのはまさに噂の人、皆川ひふみだった。

「い、いや…それは、その…。」
「………まぁ。別にいいんだけどね〜。」
「「「…へ?」」」

あまりにもあっさりと身を引かれ、スットンキョンな声を出した3人。
しかしそれすら気にかける事なく、皆川はスー…と入り口付近まで行ったかと思うと、踵を返して厨房へ戻ってしまった。

「な…なんだ、あれ…。」
「み、皆川さんがあんなにすぐ去って行くなんて…。逆に恐いッス!!」
「と言うか、何しに来たんだ…あいつは。」
「ほら。やっぱり機嫌がいいからなんですよ。」
「だけど………やっぱ俺、今日初めて、わら人形の一つや二つ持ち出された方が、マシだって本気で思った。」
「もう。皆さん結構わがままですね。」
「そういう問題じゃねーだろ。」
「…だが、なんで皆川は機嫌がいいだ?」
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