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□双極−蒼璧−
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止めろ…何も言うな…
黙ってればいい…ただそれだけで望んでいたままになる…
なにも悪いことなんかじゃあない…
何もしていないのだから…
ただ黙って抱き寄せてしまえばいいんだ。
望むものは何か。
解かっているじゃあないか。
今ならこの手に引き込める。
手を伸ばせばいいじゃないか。
貴方が幸せならいいなんて誰が思うものか。
貴方が笑っていられるならいいなんて誰が望むものか。
そんなことかけらだって望みはしない。
泣きながらでもこの手に、苦しみながらでもこの腕に堕ちてくればいい
それが望み
全て
それだけが俺の世界
俺の世界を形成する全てを………
【双極】
こぽこぽと液体の落ちる響きとその香りのまどろみから僅かに目覚めて、ぼんやりと映るシルエットにゆっくりと覚醒を果たした。
不自然な体勢で眠りに落ちていたらしい…
肩と腰がぎしりとするのに一瞬顔をしかめて土方はその身を起こした。
「山崎……?」
「あっ…すみません…起こしましたか…?」
「……俺…寝てたか……」
机上に山とつまれた書類の隙間から、その向こうで急須から茶を注いでた少年以上、青年未満といった風体のその自分の部下に声をかければ、ちいさく笑って遠慮がちに、少し…と返してきた。
「もう少ししたら起こそうかと思っていたんですけど…」
「いや、悪かった…」
仕事にはとことんまじめな上司のめずらしい居眠りに、寝かせておいたほうがいいのか、それともなんで起こさねぇんだと怒られてしまうのか、見当のつけようもなくと惑っていたのが真相。
それでもここしばらくの土方を思えば休んで貰いたいという気持ちの方が押していたため起こさずにいた。
謝られてしまったのには、そんな自分の心情を見透かして、心配をかけたとそういう意味を含んでいるように感じられた。
「お茶淹れたんですけど…」
「ああ、もらう」
実際この茶を淹れ終わったら起こそうとは思っていたのだが、特にとがめられはしなかったので寝かせておいて正解だったと山崎は胸中つぶやき、土方の前にことりと湯飲みを置いた。
「お腹すいてませんか?なにか持ってきますけど?」
「いら……いやそうだな…なんか適当にたのむわ…」
「ハイっ」
断りかけて、思い直してそういえば嬉しそうに返事を返して出口へと向かう山崎の後姿を見やった。