通常文

□「未来切望」
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耳に付くスピーカーの不整音。

その音を認識したのは人の影も多くなり、通常は殆どの人間が活動を始めている様な時分だった。
当然それに当て嵌まる様な俺ではない、その音で起床したのだ。

自慢も出来ない事実を思考した自分に呆れながら、安眠を妨げた元凶を探ろうと虚ろな目で窓の外を眺め見る。


すると近くの雑居ビルの周りに人集りが出来、物々しい空気が漂っていた。

人の安眠を奪った原因の追求を計ろう・俺ははそんな言い訳を心に掲げつつ、暇つぶしと少しの好奇心で外へと繰り出した。




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「未来切望」

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雑居ビルが立ち並ぶ一角の人混みの外側に、俺は立っていた。
先程自宅でちらりと目にした時よりも人集りが多くなったのは気のせいではない筈だ。

その所為もあり元凶がなんなのか図りかねていたが、周りの奴らの話では何やらビルの上に人がいるらしい。
人がいる・と言っても整備のおっさんでもビルの従業員でもなく、どうやら自殺志願者らしいのだ。



この様子では安眠を貪るには少々時間が掛かるとため息を付いた時、聞き慣れた声が人集りの中心辺りから聞こえてきた。

スピーカーで声を張り上げ何かを訴えている。

あの不整音はこいつか、と思いつつ、俺は人混みを掻き分け無理矢理人集りの最前線へと抜け出ていった。


「ガー・・・ハイハイ押さないでー、見世物じゃないですよー!!」


野次馬という人集りに向け聞き取りづらい言葉を放っていたのは、真選組監察方の山崎だった。

どうりで聞き覚えのある声だ。
奴の声は屯所へ行くと必ずと言って良いほど耳にしている。


「おーい、山崎く〜ん」


野次馬が入ってこられない様に曳かれていた縄にもたれ、上半身が突き出た状態になりながら声を掛けた。


「?あぁ、坂田さんじゃないですか!こんにちわ〜」


こんな状況でも挨拶を忘れないこいつはなんて律儀な奴なんだろうと思いながら、プラプラと手を振ってみせる。


「ねぇ、この騒ぎ何なのよ。こっちは安眠妨害されて困ってんだけど?」

「ぁ、そうえば坂田さん家この近くでしたね。」

一瞬にこりと顔を作ったものの、直ぐに困った様な顔をして返答を返してくる。

「それが、死にたいとか叫んでビルの屋上に立てこもっちゃってる人がいるんですよ・・・。それで今副長達が上に行こうとしてるんですけど・・・」


ちらりとビルの方へ目をやる。
その仕草と表情で、真選組の仕事があまり捗っていない事が窺い知れた。


「ふぅ〜ん、で、硬直状態ね・・・ふ〜ん、」


言いながら俺は仕切られていた縄を跨ぎ、進入禁止になっている地帯へ足を踏み入れる。


「そうなんです・・・って、え!?ちょっ、何してるんですか!?」

その様子を目にした山崎はいつにも増して動揺していた。
普通なら当たり前の反応だった。
暴挙に出ているのは俺なのだから。


「入っちゃダメですって!俺が怒られちゃいますっ!!」

しかし俺は動揺と制止の言葉を聞き流し、ずかずかとビルに向かって歩みを進める。
山崎君には悪いが、俺は長時間何かを待ってると言うことが出来る程、器用な頭を持ち合わせてはいない。

こんなゴタゴタにはもっと関わりたくなかったが、中に土方が居るのなら奴で遊べて少しは暇つぶしになるのではと考えた。


その考えが本心かは自問自答なんざしたくないので、思考から外しながら俺は山崎をそのまま振り切りビルの中へと進入した。


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