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□月夜の散歩道
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僕は顔を上げた。上には静かに輝く満月。
もう、何度こうしてこの冷たい壁にもたれて空を見上げたろう?
背中からは、僕が聞きたくない声が響く。
耳を塞いでも聞こえるから、僕は聞こえない場所を探して外へ出る。
それを待ちかねていたかのように、僕に擦り寄る白い犬。
彼女は僕の唯一の理解者だ。彼女の背中は滑らかとは言えないけれど、あったかくて安心する。
「またなんだ。お前も嫌だろう・・・?」
答えのない問いは続く。まるで自分に問いかけるように。
いつまでたっても止まない声に、イラついてきた。
「・・・さっさとやめてくんないかな」
僕の絶対的安全地帯であるはずのその家は、もはや僕にとって安全ではなかった。
逃げ出したいと思った。でも、ここは山奥、都会とは違う。
山の中を彷徨ったところで何になるんだ?いつも考えはそこに行き着き、僕は動けない。
しかし、今夜は違った。まるで今まで溜められたエネルギーが解放を待ち望んでいたかのように弾けた。
僕はもたれていた壁を離れ、歩き出していた。彼女と一緒に。
「満月に家出って、楽しそうじゃないか?」
僕は笑ったけど、彼女はあきれていたかもしれないな。
目的地は特にない。道なりに歩くしかない、大きな道路に出るまでは・・・。
そこからは、自分の気持ちが道しるべ。好きなところへいけばいい。
もちろん、お金もない。僕はどこへいって何をするつもりもない。
ただ、歩き出したかった。
月夜の散歩道は、思ったより明るくて、優しさに溢れていた。