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□DROWING
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掌に乗せられた、綺麗な彫り細工の施された紅い櫛。
みちるはそれを軽く握り締めると、思徒の部屋の扉をノックする。
2、3度叩いた後で、部屋の中から思徒の声が聞こえて扉が静かに開かれた。
DROWING
「…みちるか、どうした?」
ぼんやりとした様子で訊ねる思徒。
寝ていたのか、少し乱れた前髪を右手でぐいっとかき上げる。
その仕草に、みちるの心臓が僅かにトクンと脈打った。
「あ…ごめん、思徒くん…もしかして、寝てた?」
「いや、少し横になってただけだ…。それより、何か用があったんだろ?」
「う、うん、あの…これ…」
少し頬を赤らめながら、みちるがオズオズと先程の櫛を差し出した。
十字架ゲームの際に思徒から「預かっててくれ」と渡された、彼の大切な物だ。
以前、この櫛を勝手に手にした時は、酷く思徒に罵倒されたが
今は思徒自らが、こうして大切な櫛を預けてくれる。
それだけで、みちるは嬉しかった。
「有り難う」
ふわりと微笑まれて、みちるは顔が、耳が熱くなるのを感じる。
綺麗で、穏やかな思徒の笑顔。
普段、無表情な分滅多に見れない思徒の笑顔が、みちるは好きだった。
「じゃあ私、部屋に戻るから…」
「おやすみなさい」と断って思徒に背中を向けた瞬間。
ふわりと鼻先をくすぐった思徒の匂いと、背中に当たった温かい感触。
咄嗟に腕を引かれてぐらついた身体は、思徒の胸によりかかるようにして
バランスを保っていた。
斜め後を見上げれば、すぐそこに思徒の端整な顔がある。
「し…思徒…くん?」
唐突な彼の行動に訳が分からず、みちるは少し警戒しながら声をかけた。