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□君には笑顔が似合うから
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その日、私は激しく落ち込んでいた。
ほんの些細な事だったのだけど、何でか今日に限って割り切る事が出来なくて。
馬鹿みたいに悩んで。

山際に沈む夕日に、茜色に染まった森の中。
私はとぼとぼと森の奥へと足を進めていった。







「………明日香?」

ガサガサっと茂みが揺れて、ひょこっと姿を現した
褐色の肌に銀髪の少年。
この森で知り合った、ティグリの少年・ルツ。

「…どうした?」

彼が、心配げに私に声をかける。


合った頃は片言でしか話せなかった、ルツ。
それが今は凄く進歩したのだなぁと思う。
もう彼は、片言で無く普通に会話が出来るようにまでなっていたから。

「どう、って…どうもしないよ?」

いつもの調子で笑ってみせた。…つもりだった。

「でも、…明日香、泣いてる」

「…え…?」

言われて、自分の指で頬を辿って戸惑う。
頬を伝う涙の跡が、明日香の指先を僅かに湿らせる。

「や、やだっ…何、これっ」

慌てて制服の袖で涙の跡を、ゴシゴシと拭う。
と、その行為を、ルツが止めた。

「駄目だ、明日香。そんなに強くしたら…腫れる…」

制したルツが少し腰を屈める。
と、頬をなぞる生暖く柔らかい感触に、明日香が硬直する。


ち、ちょっと待ってよ、ルツ…。
貴方…今っ…私の頬……舐めたの…!!!?


「……しょっぱい」

ぺろりと自分の唇をなぞったルツに、明日香の体中の血が
かぁっと熱くなった。
まるで沸騰してるみたいに。

「な、な、何するの、ルツっ!!?」

「何って…舐めた」

動揺して叫んだ明日香に、彼はあっさりと答えてみせる。

何て言うか、こうも毒気も無く言われてしまうと、どう突っ込んで良いものか
分からなくなる。
彼は善意でしてくれてるのはわかるけど、でも。
やっぱり…恥ずかしい。

「こういう事、軽々しくしちゃ駄目だよっ」

顔を赤くしたまま注意する明日香に、ルツがきょとんと目を瞬かせる。
「どうして?」って、顔が真っ正直に語ってた。

「こういう事は、好きな人にしか、しちゃ駄目なの!」

「じゃあ平気だ。俺、明日香の事大好きだから」

満面の笑みで。迷いも無く。
言い放たれてしまった。

ニコニコと笑うルツに、明日香が激しく脱力する。

「明日香が泣いてるの見るの、俺も辛い。
俺、笑ってる顔の方が好きだ」

少し心配そうに、でも真剣に告げるルツ。

「…笑って、明日香」

寂しげに、でも甘える様に。
そんな顔されたら、私が断れないの知ってる癖に。
ルツってば、ズルイよ…。

火照った頬に手を当ててから、困った様に笑う明日香に。
つられたように、満足げに笑うルツ。


「やっぱり、笑ってる明日香…大好きだ」


不意に唇に落とされた口付けに。
彼の無防備すぎる笑顔に。


落ち込んでいた自分は、もうどこにもいなかった。









end.
 

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