太郎の頬には俺が付けた血が付いていて舐め取れば、俺の掌を舐める太郎が居て
俺の中の何かがぶっ飛んだ

こう、プツリと何かの糸が切れた様に、押し倒してて。
でも太郎は笑ってた、痛かったら言えよ。なんて先程の啖呵を忘れたような口ぶりの俺に悪戯に向けられたその笑顔はわざとなように見えて。
でも俺は余裕を無くしていて。

「…勉強はしないのか?いきなり実践なんてしたら、後悔するぞ」
「ワリィ、何か…何かもういっぱいいっぱいだ。実践で学ばないと、俺馬鹿だから」
「…ったくお前らしいよ」

なんてもう本当に目の前の太郎が愛しくて、余裕無くて、でも太郎は余裕で、好きにしろって言ってくれた。
その顔がもう反則だと思えば太郎にそう告げてて、恋愛に反則なんて無いとか挑発されて

笑っちまった

確信犯だと解って居てもやっぱり可愛くて、この野郎とか思ってても、やっぱり太郎は太郎な訳で。
こいつには一生敵わないかもなんて心では考えてて。でも手はやっぱ止まんなくて
可愛いって言えば何故か礼とか言われて、理由は全然解んないけど。

優しくしようって思ったんだけど、心の中ではバイだと言った太郎の過去が気になった。
俺は思ったことは大体口に出してしまう性分で、聞いちゃいけないと心の中では思いながらも聞きたい思いの方が断然上で。

「…なぁ…太郎…お前さ……他の男と…した事あんの…?」

なんて行為中に聞いてしまう俺は馬鹿だー。とか思いながらも言葉はもう口から放たれていて
太郎の表情なんて知る由もなく、その行為に、上気する身体に酔いしれていた。

「……っ…は、…お前には…関係無いだろ…?」
「…関係無くないだろ…?どっちか…大切な事だぞ」

大切。とか思いながらも心の中では何処かで期待していたのかもしれない。太郎が他の男と関係を持った事が無いって。
気になるのかと聞いて来る太郎の口からは俺の期待どころか全く別の返答が返ってきて。

「…俺が、他の男に抱かれてたら興奮する?…それとも…、…レクチャーでもして欲しい?」

黒く渦巻いた思いが心に浮かんで来た。
そんな言葉が聞きたかった訳じゃない。冷静になる自分の中にはっきりとドス黒い、そんな感情が芽生えて。

腹が立った。
無性に。それはもう限りなく。

理性の飛んだ俺には到底理解しようにも出来る状態でもなく、怒っていた。
そう冷静な自分が思うより先に俺の手は太郎の肩を強く握っていて。

「…レクチャーなんてして欲しいわけねぇだろ!?…他人の男の癖知ったって嫌なだけに決まってんだろ!?…ふざけんなよ…」
「…ッ…じゃあ、なんだよ……太一は俺にどうして欲しい?……、…何も知らない振りして抱かれたら、満足か…?」

痛そうな顔をしている太郎を目の前にしても尚、怒りを抑えることは出来なくて、唇噛み締めたら血の味がした。
唇の痛みと共に胸も痛くなって。

「……満足なわけないだろうが?!……そりゃお前が男を知らないなら俺は嬉しいさ。…でもそんな嘘なんていらねぇ…!…欲しいのはお前の本心なんだよ…!…好きだから…全部知りたい…」
「…それでも、お前には…関係、無いだろ…」

俺の本心だった。太郎の全てを知りたい。そう思えば口から出た言葉。言ってる最中にワケ解んなくなって太郎見たら苦しそうで。
苦し紛れに笑顔を向けることしか出来なかった。好きだから。と言う言葉を添えて。

それでも関係無いと言われてしまえば何ももう言えなくて。
こんな物言いしか出来ない自分に呆れれば、もう手の力も抜けて、自己嫌悪しそうになった。
もういい、とそう伝えれば、やめるのかと挑発されたような物言いで。

「やめて欲しいのか?」
「……俺にやめて欲しいか、じゃなくて…お前がやめたいんじゃないのか…太一…?」

カッとしたんだ、怒鳴るとかそういうんじゃなくて、静かに怒りが込み上げてきた。
苛々した気持ちを発散させたくて無意識に座っていたソファーを思い切り殴っていた。
口の中は血の味がするし、掌は切れてるし、ソファーは殴るし、本当に身が持たないんじゃないかとか頭の奥底の方で考えてて、なんかもう良く解らない思考におかされていた。

「……こっち、向けよ」
「…なんだ?…」

こちらを向く太郎にそのまま荒々しく口付けをすればもう怒っているのかなんなのか、自棄なのか。欲情のか。

「…これでも…俺が辞めたいと思ってるように見えるか?」
「…さぁな…」
「…ふーん、…じゃあわからせてやるよ」

自分では冷静に見えてもそうじゃないらしい。
太郎の挑発に乗ってしまう俺。

解るはずも無い男の抱き方。
それでも手は止まんないモンで。興奮を覚えるような濃厚なキスをすれば、俺の下半身は熱くなるもんだし
相手が男でもやっぱり好きなヤツだと興奮するんだなとか思っても、今の俺のしている行為は最低で、それでも止めようとしない俺の壊れた思考能力。

太郎の声は艶っぽいし、何より愛しい気持ちは勿論失われることも無く。

理性が飛んだ瞬間に俺の良心は今、殆どが吹き飛ばされていて、そんな小さいモンに耳を傾けれる余裕なんてなくて。
呼ぶ声が聞こえた「先は解るのかと」言う質問を投げかけられて、瞬間的にこちらの世界に戻って来た気がした。
この先なんて無論解るはずも無い。

解る事と言えば、たった今俺が、一番大切にしたいヤツに最低の行為をした事。
まだ思考能力が回復しなければ謝る事しか出来なくて。

「……太一は何も悪くないだろ…」
「……、いや俺が怒んなきゃ良かっただろ……ごめんな…」

自分に苛々するも、大分と冷静になった今はどうすればいいかわからなくて。
太郎の帰るかという問い掛けに同意することしか出来なくて。
確かに太郎の過去は気になるけど、そんな事で崩れる関係になんてなりたくなかった。

俺が怒らなければ、と悔いるももうしてしまった事は取り返しの付かない事で。
それでも太郎には嫌われたくなくて。

其れほどまでにこの目の前の太郎に絆されているから。
好きだから。

もう一度、それだけを伝えたくて、でも、自分を悔いて暗くなってしまった顔を見られるのは嫌で。
少し扉に近付いて、アイツに表情を悟られない所まで移動して

「…太郎。俺、お前に好きって言って貰えて嬉しかった、…俺もお前が好きだから…忘れんなよ…」

そう言えば部屋から出た。
本当に嬉しかったんだ、本気だと解ってくれた事。好きだと言ってくれた事。
でも、そんな後に俺は最低の言葉を投げ掛けて。
自分の馬鹿さ加減を今日ほど恨んだことは無かった。

だから逃げるように帰るしか無かった
俺はまだまだ弱いから。もうこんな事が二度と無い様に、強くなるために。
今日のことを悔いる為に、自分を責める為に。
そのまま、店から出た。


通りすがりに後輩とすれ違ったのにも気付かずに。

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