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□愚者の楽園へ 10-12
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愚者の楽園へ 11


 |ゼリー・フィッシュ|02|
 :jerry fish

 

  [teller]
  ⇒ HIJIKATA











法は藩毎に違う。 江戸じゃ考えらんねぇ妙に細けぇ笑っちまう法も日本各地にゃ沢山有って、 例えばアレだ“貫通罪”。 結構な数の藩で今も罷(マカ)り通ってるみてぇだけど、 たかが浮気で死罪はねぇよなぁ。

チンケな罪に追われた奴らは引っ限り無しに、 裏から偽の通行手形で関をすり抜け、 或いは国境沿いの獣道を這っては江戸に逃げ延び、 女は政府無認可の岡場所・紅灯の巷に、 野郎は工場区のブルーワーカーに溶け入る。 それか、 ゲリラに仲間入り。



何もかもがユルユルの
この街に流れ込み
居心地の良い淀みに
溜まる。


ちょうど
アレみたいだ



江戸前の海から
新工場区の堤防内に
波に揺らいで入り込み
大波の来ない
桟橋の付け根の
油の浮いた海面に
大量に溜まって
ぷかぷか浮かぶ……






目の前の、 コポコポ泡立つ水槽をぼんやり眺めながらそんな事を思った。



小せぇ駄菓子屋にはクーラーがない。

江戸の夏を乗り切るには無理が有りそうなレトロな扇風機が、 壁の高い位置に着いてる1個と、 棚に置かれたのが1個。 通りに面した側が全面明け放しの店の外、 砂っぽい通りに出した折畳みテーブルに、 やたらカラフルで安そうなビニール張りのパイプ椅子が4〜5個添えられてる。 2つ有るでかいパラソルのうち1個はそのテーブル辺りへ、 もう1個は道添いに並べたガチャガチャや自販機脇のベンチ辺りへ、 せめてもの涼感に日影を作る。

コンクリートの壁が白く照り返る晴れた明るい外とは逆に、 駄菓子や酒やジュースなんかでごっさりした店内は薄暗く、 心地良い。 店の奥にも小せぇ2人掛けテーブルが有って、 よく解体工事の奴らがゆっくり缶麦酒を飲んで一服してるのを見掛けた。

ソイツらは大抵ある方向をぼけっと見ていた。 何も無さそうな方向をただただ見てる人間は、 端から眺めると少し危ねえ。 どーせダウナーか何か入ってんだろうが、 その程度ならいちいち職質してもいらんねぇよな街なんで、 特に気にしちゃいなかった。

今、 同じ様に雫の付いた缶麦酒片手に、 煙草を吹かし其処に座り、 雑多な商品のシルエット越し、 外の白さばかり見てた目線を何気なく横に向け…おっ……となる。

目が暗さに慣れるより早く、 真隣に、 高く詰まれた駄菓子の裏、 有る事も知らなかった水槽を見つける。


小汚え古い店には不釣り合いな、 円柱形の、 高さ1.3m程、ライトは有りそうだけど点いてない。

クラゲが1匹。

水槽の下のガラスじゃない所に、 マジックで“ネオンクラゲ”と書いた紙が貼ってあった。 目を凝らせば、 長く伸びた足だか触手だかの縁が、 時たまチカチカ電飾の様に光り波打つ。




あー…

奴も


これを見てたのか
馬鹿面で




見廻りの時
この店で
待ち合わせた

早めに来て麦酒飲んで
ぼーっとしてたんで

馬鹿じゃねーの
と声掛けると
そういや
クラゲだの
チカチカだの何か
言ってたっけか

だもんでつい


『仕事中に
 幻覚やってる
 奴なんて
 聞いた事ねえわ
 信じらんね
 マジで
 終わってんな』





反論もせず
冷めた調子で
溜め息吐く


思い出した
そん時も

いつもの
人小馬鹿にした
糞小生意気な面
蔑んだ目付き





コレだから



奴ぁ嫌いだよ



















¨

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