⊂murmur&more⊃

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#029…1




  #029
  /ギントキ
  :official 4

 



  オフィシャル
  -vol.4-













提灯の明かりが川面にてらてら反射する。

清かな満月の春の宵、 定番黒革シャツの上に軽く羽織った女もンの打掛を温(ヌク)まった風が捲って過ぎる。 芽吹いた柳の大木が長い梢を垂らし微(ソヨ)ぐ下に、 水路に張り出すやや広めの桟橋が在り、 其処に開いた馴染み屋台の軒先で、 赤い提灯の蝋燭が風に揺らぐ。

野暮用で昼に出掛けて直ぐ帰るつもりがとっぷり日も暮れちまった。 こうなりゃ急いで帰る事もねぇ、 こんな情緒的に提灯に招かれたら呑まなきゃなんない大人はね、 やっぱね。


 親父、 席ある?


暖簾を潜って俺は凍った。 入って右側一列、 一斉に振り向く隻眼の…思い思いのおでんの具(主にロールキャベツ)を口に喰わえた


  チミッちょろい
 “高杉”の群れ



うっひょぇぇー……


今日も見事な迄の高杉ぶりだネしかし。 皆で色が被らねぇ様に打ち合せでもしたんだろう、 銘々柄の違う派手めな着流しで前襟をだらしなく着崩し、 普通の屋台より幅広のカウンターに据えられた3ヶ所の煙草盆にはそれぞれの煙管が、 此れまた色の混ざったガラス製のも有りゃ金魚の形の陶器も有り……きっとコレも着物の柄に合わせて皆で楽しく選んだんだろ。
目に浮かぶゎ。

そういや本物もそーゆーディティールに拘(コダワ)るスカした野郎だったぜ。


リーダー格の真ん中の黒髪が落ち着いた低い声で場を仕切る。


「オィ、 お前ら
 詰めてやれ」

「へぃよ」

「ささどぞ、 兄さん」


チミラ達が促す群れ中央、 目付きが恐いリーダー脇の席をやんわり断り、 一番手前端の酒豪隣に座る。 何飲んでんのと徳利を指すと、 温燗(ヌルカン)になっちまってるけどよけりゃどうぞ、 と店の親父に猪口を一つ頼んでくれた。 そいつを俺に寄越して徳利の酒を片手で注ぎながら、


「後は好きに
 手酌でやんな」


……

髪色こそ違えど真っ直ぐ顔に肩に掛かる長め髪や、 腕の自信がそうさせるのか下手に無駄吠えしない、 若年を悟らせない静かな凄味を湛えた物言いが、 その昔、 先の見えてる闘争で供に剣を取った当時の戦友の影とダブった。

燗に付けてやっとやや甘みが出る位の、 アイリッシュクリーム原液で行ける俺なら普段はまず手を出さない類の酒だったのに、 不思議と胸の真ん中辺りに凍みる旨い酒だった。

今夜のミニラ達はいつもと違う。 何てか、 身に纏う空気感が懐かしいあの頃の高杉風なんだ。

こんなチビラ達となら屋台でポン酒片手に語るのも、 たまにゃいいかもな。


ぼんやりそんな気分に傾きつつ、 親父に大根、 蒟蒻、 ツミレと頼みながら、 ふと右横に陣取るミニラセレクトの卓中央の大皿を覗き見ると、 其処には………

ロ、 ロールキャベツの山が…他はウィンナー、 ウズラ卵に餅巾着……何だぁ? 其のお子様仕様な盛り合わせは。 オマエらロールキャベツ食いたきゃママに作って貰え。 然も幾ら取り放題だからって何ソレ? 其の辛子の量。 実はカレー? ソレ見た感じカレーじゃん?
おでん屋台でロールキャベツのカレー煮込みじゃん。

ぁーやだやだ、 やっぱ違うし、 こんなん俺の知ってる高ぴょんじゃねぇし。 銀さんうっかりフェイクに騙されるトコだった…





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