05/14の日記

05:25
217
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⊂day-to-day⊃
No.217
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⊂ backyard ⊃
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都市伝説と
PSI現象の
狭間に1ケの
話が在る
[29]

breather 13






Breather
・ 集スト的 小咄 ・

例の如く所詮
ネタです






[ 猛 暑 ]







…あのさぁ『フランダースの犬』って話さぁ…ネロはアロアの親父に泥棒だつって言い掛かり付けられて、 町中に噂流されて、 町民から集ストされた挙げ句、 犬と一緒に教会で餓死だか凍死だか衰弱死だったかするんだけど…知らない? 懐かしアニメ・ラストシーン特集なんかでよくやってる名場面なんだけど。 アロアの親父ってのは町の有力者で、 ネロはビンボーなのな。 でもネロとアロアは付き合い長いのよ。 ネロは若いうちから絵画の才が秀でてんだけど、 結構控えめな基本的に良いヤツなの、 でも彼女んちの親父はヤツがビンボーなのが気に入らなかったのな。 だもんで親父はヤツに日常的にやたら言われの無い嫌がらせをしてたんだよ。 そんで後から噂は勘違いで、 ネロはドロボーでも何でもなかったって解るんだけど、 手遅れ。 ヤツは誰にも助けの手を得られずに教会で死ぬんだよ。 コレに関しちゃ町に噂を流したヤツは、 単なる名誉既存どころか、 精神的には殺人犯と同じだよな。 納得出来ねー話だよな。


「集スト犯罪の
 歴史は意外に
 古いのか…
 世界の名作の中にも
 暗い影がね。
 うん、 確かにあの
 可愛い愛犬と
 主人公の
 悲劇的ラストには
 納得出来ないね。
 何とかなんなかった
 のかな…
 あの話が
 今だったら、
 違ってたかも。
 このままこの町に
 いたってダメだな、
 と感じたネロは、
 アロアと一緒に
 彼女んちから
 お金を持ち出して、
 二人で別の町へ
 逃げる、 とかさ…」


今だったら? アロアんちの金に手ぇ出した時点で窃盗の現行犯扱いじゃねーか。 自分らがそこまで追いつめた癖にな。 ……もっとえげつないかもよ。 今の集スト犯罪のコエェとこはさ、 この場合だと現代バージョンなら、 ネロが犬と一緒に教会で餓死だか凍死だか衰弱死だったかするのを、 周りのヤツらはライブカメラでリアルタイムで見物してるね。 見てんのに、 助けない。 弱って弱って動かなくなるのを、 ただ見てんの。 日常の刺激に飢えてるキチガイ集団だから。 ……このクソ暑いのに凍死とか言っても、 いっそ涼し気な気分になっちゃうけどさ。


「…人が、
 死ぬところを?
 見てるんだ?
 それ本当だったら…
 許せないね。
 許せないって
 思う人、 いっぱい
 いるだろうね」







目の前で、 アイスラテの緑色のプラコップに刺さった太めのストローの口に、 人差し指の腹を押し当てて遊んでる女が、 喋り出したら止まらない俺の話に淡々と相槌を入れる。 友人の友人の妹のそのまた友達である目の前の女から、 ある犯罪について話が聞きたいんだと連絡が来た。 待ち合わせたチェーン店のカフェは店内禁煙で、 この猛暑だけど仕方ない、 外の日陰のテラス席で彼女を待とうとドアの方へ歩き出して、 ガラスの自動ドアを挟んで向こう側のカンカン照りの中、 こっちに来るこの女を見た瞬間、 理解した。







「…暑いね」



彼女も煙草を吸いたいと言ったので、 茹だるような熱風しか来ない外の席に向かい合って座った。 女は片手でストローをいじり、 片手で隣のテーブルに置きっ放しになってたどっかの店のADカードを取って団扇にしながら暑いね、 ともう一回繰り返した。


「ちょっと前も…
 すごい暑い年
 あったよね。
 去年だったっけ」


 違う。
 記録的な
 猛暑だったのは、
 2005年。
 一昨年。


「おととしか。
 そうだったね。
 ……ねぇねぇ
 この指さ、
 見て」


ストローの輪っかの痕がくっきり凹んだ指の腹をこっちに見せて、 僅かに笑うか笑わないかって表情で女が言った。


「ガラパイみたい」


それ聞いて、 吸ってた煙草を吹き出した。 ガラスパイプを押さえたときに付く指跡に、 確かにそっくりだ。 爆笑したら彼女も笑った。 ああ。 笑うんだな、 この人。 この人は生きてるんだな。 笑うともっと似ていた。 似てる人を知っていた。 目の前の彼女に似た女の、 笑顔は画像の中でしか知らない。


「2005年の、
 猛暑の年のこと
 覚えてる?」


忘れる訳がない。 カンカン照りの中、 この女がこっちに歩いて来る姿を見たとき一瞬で理解した。 そうだ、 その話を聞きに彼女は来たんだ。


「飲み物、 ないね。
 何か飲む?
 あたし
 買ってくるけど…」


いや、 いい。 と断った。





   水を
   飲むな。



あの夏、 自分はそう言った。 テラス用の椅子から立ち上がりながら、 目の前の彼女はじゃあちょっと買ってくるから待っててと言って店ん中に戻って行った。 蝉が鳴く。




猛暑だった。 あの年は。 今日と同じでアブラゼミが五月蝿かった。 あいつらは、 彼女と似たある女性の部屋のクーラーに、 水を流し入れて壊した。 その女は数々起こる、 普通ならばあり得ないような出来事に直面して、 酷暑の中、 窓さえも、 カーテンさえも、 1ミリも開けられなかった。 トイレを盗撮されていることを知った彼女は、 トイレになるべく行かなくて済むようにと、 地獄のような暑い部屋の中で、 ほどんど水を飲まなかった。 ただ、 ぐったりした子犬を抱いてた。 壊れたクーラーと密室と猛暑。 ベッドの上、 動かなくなるのを見てた。 一緒にDJしてた女は、 それを見ながら、 興奮気味のトーンを態とらしく抑えた声で次の曲を紹介し始めた。 こっちに話を振っても、 もう俺には声が出なかった。 モニタの中の女が、 ベッドでだらり横たわって、 動かなくなって……それ見てる周りの人間全てが、 自分とは違う生き物に見えた。 ベッドの上、 動かなくなった薄着の肌色の塊だけが、 自分と“同じ人間”のように思えた。 俺は、 オンエア中のCDを止めて叫んだ。 マイクオンにして。 『お前ら……スタッフ全員、 もう水飲むな! お前ら全員、 絶対に飲み物飲むな!!』ラジヲ局にはその日から出入り禁止。 DJの仕事はなくなった。



彼女がショートサイズのコップを二つもって席に戻って来たとき、 煙草を吸いながら、 知らないうちに泣いていた。 まだ、 自分を取り繕う余裕があるのがスゴい、 体裁悪いのを隠すため、 すぐにサングラスをした。


「これ、 飲んで。
 あたし今から
 ガッコがあって
 もう行かなきゃ
 なんないんだ。
 今日、 ありがとう」


15分くらいの時間しかないけど、 ストーカー犯罪について友達とよく話題にしてるそうなので話が聞きたい、 と言われてここに来た。 その15分間、 彼女から繰り出される質問が怖くて、 彼女が何か言い出そうとするのを阻止でもするかのように、 俺はずっとネロの話なんかをしていた。



「何か、
 その犯罪について
 他に…
 何でもいいから
 話せる事、
 思い出したら
 あたしに
 連絡…」


 わかった。 必ず。
 絶対する。
 あのさ…
 妹かおねーさんか…
 いたよね



「ううん、
 いない
 兄弟いない」




 前は…いた?
 えと…つまり…


 亡くなった
 とか





「ううん、
 ない
 ひとりっ子」














生きていたんだ。






彼女はちゃんと
生きていたんだ。
目の前で、
今、
生きてるんだ。



ああ、 あのモニタの中、 猛暑の夏、 トイレの盗撮が怖くて水が飲めなかったあの子、 ベッドでぐったりして動かなくなったあの彼女は、 今もちゃんと生きているんだ。 ここに生きてるんだ。 今迄こんなホッとしたことはない。 また、 グっと目が熱くなる気がした。 明るい色のショルダーを掛け直し、 2杯目のアイスラテを飲みながら、 じゃあ、 と急ぎ足で彼女は歩道を過ぎてった。 道を渡ろうとして、 こっちを振り向いて言った。




「 従姉妹 」









「 従姉妹だよ。






  おととし
  死んだのは 」










一瞬、 全ての町の音が消えた気がした。 蝉の音だけがした。 暑さはもう感じなかった。











サングラスの色が混ざって、 色彩がオカシくなってる町から、 視線を変えるまでにずいぶん時間が掛かった気がする。 テーブルの灰皿の横に、 さっきあの子が団扇にしていたカードが置いてある。 ボールペンで、 文字が書いてあった。






『 スタッフ全員
  水を飲むな









  放送 聞いてた



  ありがとう 』




















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Aug.13th.'07


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