創作小説

□誓い
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そこは闇しかない。
目が闇に慣れたとしてもそこは、何も見えない場所だった。
ただ、あるのは死の匂いと人間のものかさえ分からない唸り声。
その声に脅えながら、奴は必死で手を振り回し、爪を尖らせ、その中にある訳の分からない存在に立ち向かっていた。
その場所に自分以外の他人が居たならば、奴の行動を怯えではなく狂気だと思うだろう。
大量の血、転がる死体。見えないとはいえ、明らかに死が充満するこの部屋で叫び声をあげながら、次々に死を作り上げていく奴を狂気に侵された人物と捉えるしか人はできない。
憐れみと哀しみを含んだ眼差しで奴を見つめ続ける。
奴はそれさえも気づかずに、相変わらず恐怖の慟哭を上げながら死を積み上げる。
自分だったら奴を救ってやれるのだろうか、この哀しみに満ちた場所からだしてあげる事ができるのだろうか。
むしろ、自分にとってはそれはとても簡単な事かもしれない。
そうココから出すこと自体は至極容易い。
ただ、奴を本当の意味で救えるのかは自分にとっても定かではない。
それでも、と思う。
自己満足だとしても、自己中心的に生きている自分にはそんな無意味な考えは関係ない。
唸り声しか響いてなかったそこが女性の玲瓏とした声に支配される。
その瞬間、闇に一筋の光が差し込んだ。
唸り声がやんだ。
そして奴の視線はそこに釘付けになり、姿が顕わになった。
それはとても悲惨だった。
血がこびりつき、自身の傷が治りきらずに化膿していて、どれだけの痛みを伴っていたのかわからない。食べる事も寝る事も叶わなかった奴の身体は痩せ細り、骨が浮き上がるほどだ。
生きていたのが不思議なくらい。
「ダ…れダ」
叫びすぎて嗄れ果てた声が辛そうにそれだけ紡いだ。
「私は魔女。魔女のクロエ。」
言って、奴に近寄った。
そして手を差し出す。
「光を探しなさい、剣を握りなさい、剣に誓いなさい。大切なモノを守る為に剣を振るうと…」
奴の視線が自分に向けられるのを感じながらクロエは続ける。
「それだけで貴方はナイトになれる。貴方の大切な人が出来るまで私を守りなさい。そうすれば、闇に染まる事はないわ。」
その言葉に奴はそっと頷いた。
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