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□せんしろう
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「…僕の分まで食べるつもりじゃなかっただろうな」
『いえ!呼びに行こうと思ったんですけど…』
「俺が止めたんだよ。黒刀はすぐ来るからって」
大勢が座れる食卓に3人は少し淋しい。
けれど、“皆には内緒”と言って食べる和菓子はいつもと違う味がした。
…不思議な味。
ワクワクするような、でもやっぱり少しだけ淋しいような。
「どう?夕月くん」
『美味しいです』
「当たり前だろ…」
「あー!?ずっるーい!」
黒刀の声を遮って、キンキンと耳に響く声。
黒刀は苛立ちを顕にし、千紫郎は「あ。」と苦笑い。そして、オタオタとする夕月。
「3人だけでズルい…」
「そうよね!九十九ッ!!」
「何騒いで…」
「あ!お前ら何してんだよ!」
その声に、今度は愁生と焔椎真まで部屋から出てきた。その隣にはルカまで。
「いやぁ、3人でお菓子でも食べようかと」
「…もう12時だよ?」
「夕月くんからの誘いでね」
楽しそうに千紫郎はそう言って、調理場へと向かってしまった。きっと、皆の分のお茶も用意してくれるのだろう。
『あ!僕も手伝います!』
「ちょっと。どういう事よ!」
「…何がだ」
夕月が調理場に行ってしまい、取り残された黒刀は、十瑚や九十九、焔椎真からギャイギャイと責め立てられる。
黙ってられる筈もなく、
「うるさい!僕だって今来たばかりだ!責めるなら千紫郎だろう!?」
「えー!何それ!」
「眠れなかったから水でも飲もうかと思って降りてきたら、あいつらがいたんだ」
「本当に?」
「嘘ついてどうする!」
――朝も昼も夜も関係ない。
一気に賑やかになった食卓は、調理場からでも良く聞こえて。
「――ね?」
『…え?』
「夕月くんは独りじゃないんだよ。
こうやって、皆、君といたいんだ」
急に真面目な表情になって、夕月の手を取った。
『……はい』
優しい手。
あったかい手。
…それは、“あの人”と同じようで、違う。
きっと、あの手は二度と触れられない。
そう決めたのは、自分で、
それに後悔なんて無い。
だから、寂しいなんて想う事自体間違いだったかもしれない。
でも、
『でも、』
「何だい?」
『聞いて…良かったです』
この人達を大切だと想う。
共に戦っていきたいと想う。
無事でいて欲しいと願う。
「っ……!」
『せ、千紫郎…さん?』
「可愛いなぁ!夕月くんってば!!」
『わぁ!?』
ガバッ!と抱きつかれたかと思うと、
直後、再び十瑚の悲鳴を聞いた後、“ズルい”とか“うぜぇ”とか沢山の文句が九十九や焔椎真、黒刀からも浴びせられた。
「夕月、行こうぜ!」
焔椎真にズルズルと引きずられながら、後ろを見ると黒刀に怒られている千紫郎と目が合った。
「 」
『 』
音にはならないよう、口だけで千紫郎は伝える。
ひみつ、だね。
夕月と千紫郎だけの、話。
切ないような、寂しいような…
けれど、
本当は温かで、優しい話。