A

□ゆき
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月を、眺めていた。

絶対に届かない其れに手を伸ばして、ただ、ぼんやりと。




「―――、」




自分の名を呼ぶ、彼の声。

何でもないよ
と答えても、心配をしてくれる彼の頬をそっと触れた。




『本当に、大丈夫だから』




届かないものに手を伸ばすのは止めた。

守りたいものが出来たから。
帰りたい場所が出来たから。




『そろそろ夕食の時間だね』




だから、中に入ろうか

笑って、月に背を向けた。
気のせいなのは分かってる。だけど…背中が厭に冷たく感じて。




「あぁ、皆待っている」




彼は、背中にそっと腕を回した。

温かくて、
力強くて、
涙が出そうになった。




「今日はクリームシチューだって」
「腹減ったぁ」
「早くおいでよ」




中に入ると、皆が口々に自分を招いてくれる。

暗闇に咲く月よりも、
ずっとずっと明るくて、
ずっと綺麗。




「…どうした」




ピタリと止まった足に、手を回した彼は顔を覗き込んできた。

心底、自分を心配してくれている。


あぁ、そうだ。
ひとり じゃなかったんだ。




『ううん。ただ…』




ただ、嬉しかったんだ。

傍にいてくれる事、
待っていてくれる事、
笑ってくれる事。


どれもこれも嬉しくて。










決意を新たにしたんだ。

あの人と、
別離の途に付くこと。












  

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