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□蝉しぐれ
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蝉の声がしていた。

たくさんの蝉が、必死に生きようと鳴いていた。



意識の遠い場所で、そんな声がしていた。






『――…、』

「夕月!」



その声に起こされるように、僕は目を覚ました。
ルカが言うには、あれから、もう2日が経っていた。



『…皆は?』
「無事だ」

『…良かった』



皆の安否と、目の前にあるルカの顔を見て、力が抜けた。

安心出来た。
皆の、力になれたんだ。
皆を、少しでも、守れたんだ。

そう…思えて。



「あまり無理をするな」
『うん。ありがとう、ルカ』



静かな部屋に、外から賑やかな蝉の声が聞こえてくる。



「夕月?どこか痛むのか」
『ううん…ううん、違うよ』



必死に、必死に生きようとしている声が。



『ルカ、』
「何だ?」
『…ごめん、少しだけ1人にしてくれる?』



それが自分の運命だと、分かっているのだろう。
止むことは無い、蝉時雨。



「夕月、」
『大丈夫。ほんの少しだけ…頭を整理したいんだ』



彼等の向かう先は、数日後。




「――分かった」

『ありがとう、ルカ』



向かう先は、ひとつしか無い。





『――…ルカ、ごめんね』



ルカの出て行ったドアを見つめて、僕は届かない謝罪の言葉を告げた。

耳に届くのは蝉の声だけ。
他には何も聞こえない。

重たい身体を起こして、
僕は…洋服へ着替え、コートを羽織った。
窓に目をやると、ほぼ同時に何かが割れる音が響いてきた。
空は陰り、空気が震える。



『ルカ、ごめん…』



謝罪の言葉は、直接告げる訳にはいかなかった。
だって、きっとルカは悲しんでくれる。



“夕月、”



でも、何よりも…
今は…窓の外から懐かしい声が聞こえてくる。


あぁ、もう蝉の声は聞こえない。
耳に届いてこない。

届いてくるのは、懐かしい、あの人の声。



“おいで”



僕は吸い寄せられるように、その方へ歩いていく。



「夕月!!」



勢いよく開いた扉。
そこにはルカや皆の姿。

でも、



『…ごめんね、皆…、』



僕は、やっぱり、生きていたいんだ。



「そんな…!」
「どうして…夕月ちゃん…!」
「待てよ!!」



そもそも人間なんて儚いもの。
欲張る事なんて出来ない。

だって、
たったひとつ。

たったひとつの大切な存在を守りたいだけなのに、出来ないんだから。

敵や味方だと区切って、
敵だとなれば、大切だった存在さえ失わなければいけないなんて。



『ごめんなさい』



でも、本当は…
思ってしまったんだ。

本当の、僕の、望みは…?って。



「何で…」
『僕は、なりたかった』





しあわせ、に。





「なに、に…?」



誰かの生きる、意味に。



「夕月!」
『ルカ、ごめんね』



それは、ルカじゃなかったんだ。





“夕月、そろそろ行こうか”





ルカや皆は、僕の姿が消えるまで…
きっと、消えても…
僕の名前を呼んでくれていた。

それでも僕が振り向かずにいられたのは、
騒音のように鳴り響く蝉の声のせい。
纏わりつくように響く、その声に、
彼等の声はあっという間に消え去った。






『…――はい、奏多さん』











  
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