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□サクラの木
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見てるだけなんて、つまらない。

触れて、初めて知る感情だってあるのだから。







『斑、邪魔よ。』
「にゃにおうっ!?」
『邪魔と言ったの』
「ふぬ…っ!可愛げの無い女だなっ、相変わらず…」



夜中の3時。
フと、悲しくなって夏目の部屋を訪れた。

夏目は、当たり前だが、寝てた。
部屋の窓からは、空も狭く感じる。



「…こんな時間に来ても仕方ないの分かってるだろうに」
『飲兵衛は黙ってなさい』
「酔っとらーん!」
『煩い、酔っ払い。夏目が起きてしまう』



…今日は、嫌な夢を見てないだろうか。
穏やかな表情で寝てるのを見れただけでも、心が、温かくなった。



「――そろそろだな」
『そうね』

「何処か…行くのか?」



す…っと開けられた瞳が此方を見る。



『春が、去ってしまうからね』
「でも、また来年の春に来るんだろう?」
『それは分からないの』



起き上がって、私と目線を合わせ、静かに、丁寧に、言葉を紡ぐ。



「…どうしてだ?折角、出会えたのに、」
『人間じゃ、ないからかな』
「そんな!」



あまりにも悲しそうな顔をするから、触れてしまった。

色白な頬を、両手で覆う。
思ったよりも…温かくて。



『最近じゃ…サクラの木も、根を張り過ぎだと、ただの邪魔者なのさ』



“その作業”はもう始まっていて。



『来年には、綺麗な公園になってるだろうよ』
「そんなの、中止に…!」
『夏目、駄目だよ』
「何が…」

『確かに妖は存在してるよ。こうやって、必死に生きてる。だけどね…夏目。お前は人間だ。私なんかの為に、何かする事なんか無いんだよ』



自分勝手と言うだろう。
だけどね。
だけど、それでも…お別れを云いに来たかった。

来年、急に来なくなる…なんて、卑怯だろ?



『夏目、良いかい?
私は、夏目が大好きなんだ。今もこれからもずっと。だから、幸せになって欲しい。妖を忘れろって事じゃない。ただ、人間とも楽しく生きて欲しいんだ』



分かる?
笑った顔が、好きなんだよ。



『――あぁ、そうだ。夏目?』
「…なに?」
『今日は満月なんだ。見てくれ、サクラが…あんなに綺麗に咲き誇って…』



だから、こんなにも涙が出るんだ。



『忘れないでくれるかい?』
「…っ当たり前じゃないか!」

『こんな良い夜には、月だけじゃなくて木々も見てくれ。夏目には…きっと、幸せな顔が見えるだろうから』



愛してるんだ。

絶対、言わないけど。
言えないけれど。



『夏目、』



消えそうになる瞬間、夏目に触れた。
それは…確かに触れ合っていて。

春とは言え、まだ夜は冷えている。
それのせいかは分からないけれど、冷たい私の身体に、夏目は本当に温かくて。


春のようだ、と思ったのだ。



『夏目、愛でてくれて有難う』



それは、私と同じ愛じゃなかったけれど。
でも、確かな、愛で。



『夏目、』
「絶対に、忘れないからな」



頬を流れた涙さえ、温かくて。
愛してるよ、夏目。








  

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