パロ部屋

□華乱*
2ページ/2ページ






【華乱】





初めて踏み入れた城はとても綺麗で、そして、大きかった。
私を迎えにきた慎吾といういやに整った顔立ちの男は軽快な足取りで私の前を歩いていた。

「そんな緊張なさらずに」
「はあ」

私は曖昧に返事をした。
緊張するな、と言う方が無理な話だ。
これから私はこの世で一番偉いといわれる将軍様に会うのだ。
名前は毅彦。歳は私より2、3下で、教科書のフォトグラフで見た限り強面の威厳溢れる容貌だった。
私はどうやら、これから大奥に入るらしい。
この慎吾という男が私の店にやってきたのは、ちょうど一週間前だった。
乗ったこともない豪華な籠から優雅に降りてきて、ちょうど店に出ていた父に

「あなたの娘様を是非大奥へ」

と、言い放ったのだ。
両親は大変喜び、すぐに私が大奥へ行くことは決まった。
正直、両親が喜んでくれるならいいと思った。あの人のことを忘れなくてはいけなくなっても。
でも、いざ城を目の前にすると、どんなに自分がすごいことをやらかしているのか気付く。
息が詰ったのを誤魔化すように咳払いをした。
城内へ案内され、見たこともないほどきらびやかな着物を渡された。
髪を櫛で梳かしてもらい、綺麗な形に結ってもらう。
町人の娘である私にはありえない待遇に、自分が特別だという奢った感情が芽生えてきたのに気付く。
例えこんな綺麗に着飾っても私は私であるのに。
自分を戒めるため少し強めに両頬を叩いた。

「これから毅彦様に会ってもらいます」

足音を立てずに背後まで近付いてきていた慎吾に、そう声を掛けられた。

「作法は先ほどお教えした通りで、まあ、儀礼的なものですから、多少間違えても形になっていれば大丈夫ですよ」

だから、そんなに緊張なさらずに、と慎吾は優しく微笑んだ。
私は震える右手を左手で押さえた。

「あの、将軍様は怖いお方ですか?」
「お優しい方ですよ」
「…私で大丈夫でしょうか?」
「?」
「私は美しくも無く、花も無い
 将軍様に気に入られる自信がありません」

慎吾は先ほどと変わらず、私の不安を包み込むように綺麗に笑った。

「あなたはとてもお綺麗ですよ」

この人はいい男だ、と思った。
でも正直、私には人目を惹く美貌も、殿方に愛される愛嬌も持ち合わせていなかった。
目も細いし、唇も薄い。薄い体があまりにも貧相だった。
私は不安を隠しきれなかった。





「毅彦様、お連れ致しました」

そう慎吾が低く呟き、静かに障子を開く。
さっと開けた視界には何畳と数えられないほどの大きさの部屋が広がっており、その奥の上座に厳格そうな男が座っていた。

(あれが…将軍様)

一町人の娘など一生かけても謁見などありえないほど身分が違うお方。
ごくりとつばを飲み込んだ。
歩き出した慎吾の後に続く。
足音を立てないように畳の上をすべる様に歩くのは意外に神経を使う。
それに慣れない着物に、肩は重いし、裾を踏まないように足元に気をつけなければならなく、とにかく将軍様の傍へ行くだけでも大変だった。
教わった場所に着き、膝を折り頭を下げる。
とくとくとく、と心臓の音が早くなるのが聞こえた。
私は、この方の側室になるのだ。

「表をあげよ」

落ち着いた大人びた声だった。

「はい」

静かに顔をあげる。
とくとくとく、
ああ、心臓がうるさい。
目が合う。意思の強そうな瞳とぶつかった。
角張った輪郭。鼻筋の通った鼻。引き締まった唇。男らしい顔立ちだった。
この人が私の、

「こちらの方でございます」

慎吾が声を張る。

「…」

将軍様の視線が私から離れ、慎吾に移った。
慎吾は不敵な笑みを浮かべていた。

(何なんだろう、この変な空気は)

居たたまれなくなり、私は視線を真新しい畳の上に下ろした。





特に目立つ失敗をせず、なんとか将軍様の謁見を終えた私は、城の奥にある部屋に通された。

「ここが貴女の部屋になります」

先ほどの広間に比べたら狭いが、私が住んでいた部屋に比べたらかなり広い部屋だった。
畳も障子も変に真新しいので落ち着かない。

「ここに一人で?」
「はい」

信じられない、と私は目を丸くした。
私は兄弟が多く、一人部屋などあるわけがなかった。狭く粗末な部屋に皆で布団を敷いて寝るのが通常だ。そんな身の上の私が城の一角のこんな部屋に住めるなんて…ありえないことだ。
恐る恐る足を踏み入れる。

「今夜は、」

慎吾がぽつと呟く。

「初夜となっております」
「しょや?」
「ええ。ですので、陽が暮れるまでにお身体をお清めになります」

初夜、という言葉に私ははっと気付く。
ああ、私はこれからあの方と夫婦になるのかと。
今の今まで忘れていたのだ。
手合いはしたことはあるが、果たして自分はどうすればいいのだろうか。不安だ。

「分かりましたか?」

慎吾が心配そうに私の顔を覗いてきた。

「はい」

私はそれに対して小さく頷き、覚悟を決めたのだった。




.
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ