青年と少年シリーズ

□ある青年の苦悩と幸せ
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ある青年の苦悩と幸せ


 「好きです」
そう言われて僕は普通に
「ありがとう。僕も君が好きだよ」
と返した。
 実際僕は目の前の少年に好意を抱いていたし、まさか教師が生徒相手に嫌いなどと言うわけにもいかない。
 それが“逃げ”であることはわかっていた。
 彼の好きはそういう意味ではない。世間一般で言う“愛している”、“like”ではなく“love”の方だと僕はわかっていたんだ。わかっていて、あえてはぐらかした。
 「僕の好きっていうのは、えっと、そういうのじゃなくて・・・・だから、・・その・・・」
彼は耳まで真っ赤になって、微かに震えながらも一生懸命自分の気持ちを伝えようとしてくれている。大きな瞳は今にも涙が零れそうなぐらい潤んでいた。
 出来ることなら彼の気持ちに応えたいが、一体どう応えればいいのだろう?
 僕たちは男同士だ。まあ、今時同性愛なんて珍しくもないが、僕には基本的にそういう趣味はない。初恋だって童貞喪失だって、多少世間一般の“普通”とはかけ離れた相手だったが、それでもとりあえず女性が相手だった。
 正直にそう言えばいいのだろうけど、そうすれば目の前の小さな少年を傷つけることになるのは目に見えていた。そして僕は、それがたまらく嫌だった。
 今まで、僕を見ると嬉しそうににっこりと微笑んでくれた笑顔を失いたくはない。その気持ちが、僕に拒絶の言葉を口に出すことを躊躇わせていた。
 「あの、僕、先生のこと、あ、愛してるんです!!」
僕がうだうだと考えている間に、彼が振りきるようにそう言い切った。円らな瞳に涙を溜めて、僕をじっと見上げている。
 恐らく今まで恋などしたことのないであろう少年に、その気持ちは恋なんかじゃなくてただの錯覚だと教え、騙してしまうことは簡単だろう。だが、僕は僕なりに真剣に答えを返したかった。たとえそれがどんな結果を招いても。
 「明日の放課後まで時間をくれないかな? 僕はそれまでに自分の心を整理して、ちゃんと答えを返すから」
これが今の僕に出来る精一杯の返事だった。
 彼は少し不安そうな顔で頷くと、走りさって行った。
 赤く燃えた夕焼けの空がカッターシャツに包まれた彼の背中を橙色に染めていた。


 家に帰ってから、僕はずっと自分の気持ちを考えていた。
 僕は彼をどう想っているのだろう?
 好きか嫌いかと問われれば、当然好きだ。だが、その“好き”が愛と呼ばれる感情に当て嵌まるのかどうかは、正直、よくわからない。
 彼に単なる生徒の一人というのではなく、特別な好意を抱いていることは確かだが、果たしてそれは愛と呼べるのだろうか?
 そもそも僕らは男同士だ。さらに、歳も十歳近く(正確には九歳)離れているし、僕は教師で彼は僕の生徒だ。僕には基本的に同性愛の趣味はないし、ましてや生徒相手に邪な想いを抱くような危ない趣味に走った覚えなど更々ない。
 やはり断るべきだろうか?でも、この答えの出し方は間違っている気がする。
 もっとも、数学じゃないんだから、はっきりと正解と誤答に分けられるものではないだろうけど、少なくとも僕は間違っていると思う。
 性別とか、年齢とか、立場とかそういうことを抜きにして、“彼”をどう思っているか。それが大事なんだ。
 少なくとも彼はそういうのに関係なく、ちゃんと“僕”を見て想いを寄せてくれている。それなのにそんなくだらない理由でその想いを拒むことはしたくない。 じゃあ、僕は“彼”をどう想っているんだろう?というところで、また振り出しに戻ってしまった。これじゃあ、堂々巡りだ。
 僕が溜息をついてなんとなく窓の外へ目をやると、いつの間に夜になったのか、そこには金色の丸い月が出ている。今日は快晴らしく、都会の夜空にしては多くの星が黝い空に小さく瞬いていた。
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