怪談

□長い髪の毛
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あれはきっと夢だったに違いない。絶対。
今でも私はそう思っています。

本当に、何も変わった事のない、普通の一日だったのです。
いつもと違うのは、ちょっと夜更かしして眠るのが夜中の三時頃になってしまった事位でしょうか。
時計を見て、明日の予定を思い出し、慌てて眠る態勢を整えました。
元々寝付きはいい性質ですから、とりとめのない事をつらつらと考えている内にあっさり眠る事が出来ました――しばらくは。
地震の直前に時折、前触れを感じて、眠っているのに頭は目覚めて待ち構えている様なそんな状態になった事はありませんか?
それと似ているかどうかは微妙ですが、なんだか、そう、胸騒ぎを感じて、意識だけ浮上しました。
妙な気配があるのです。
すぅっと、耳の奥で音がする様な、何か、部屋の隅、丁度扉の前にわだかまって、佇んでいる様な…?
頭の隅で不思議に思いながら、再び眠ろうとしました。明日は早いのです。
けれども。
小さな軋んだ音や、衣擦れの音が聞こえるのは、何故でしょう。
ベッドの端、足の傍が、まるで、まるで何かのった様に少しへこんだのは?
今やはっきりと感じる気配は、まだ近づいて来るのです。
とうとう、目をあけました。
きちんとあいていたかどうかは分かりません。
でも、うっすらと光景は見えていました。
それは、女でした。
白っぽい薄い色の、多分ワンピースを着た…和服やズボンでなかった事位しか断言出来ない様な曖昧さですが。
それ、いえ、彼女は、私を覘き込んでいました。
だんだん、だんだん近付いて来て、頭を屈めて、
彼女の吐息が頬に当たり、
そして、その黒い、長い長い髪の毛が、私の首筋を刺し――
そこで私は起き上がろうとしました。
けれども、どういう訳か体が動かないのです。
指先は動くし、頑張って力をこめればきちんと動けそうなのですが、そこまでの気力がありませんでした。
女が無遠慮に覘き込んでいるのに、制したくてもうまく動けない、その理不尽さに、私は腹を立てました。
そこで、私は頭の中で女に文句を並べ立てました。
断りもなく寝てる人をジロジロ見るなんて失礼じゃないの?
無礼者。
今すぐそこからどいて、どこかへ行きなさい。
そして二度とここには来るんじゃないわよ!
…ええ、今にして思えば、寝ぼけていたのでしょうね。
それからどれ位経ったのか、もしかしたら眠ってしまったかもしれないのですが、気配がない事に気がついて、起き上がりました。
大丈夫、ちょっとバキバキいったけれど体もちゃんと動きました。
そして、しっかり覚醒した頭で思い返し――急に怖くなってしまったのです。
だって、これが本当の、現実の出来事ならば、私は誰と会っていたのでしょう?
神棚から御守を取り出し、しっかりと握りしめて、それでも眠る事は出来ませんでした。

そして、私はあれを夢だった、と結論づける事にしたのです。
あれはきっと夢だったに違いない。絶対。
そうでなければならないのです。
でも…あの、長い黒髪、あの感触を、未だにはっきりと思い出すことが出来るのです。
あの、スルリと頬を撫で、チクチクと首筋をさした、リアルな肌触り――あれは、本当に、夢だったのでしょうか…?
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