□不意に。
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不意に。


暑い。

今の時期梅雨なので雨が降ってもいいはずなのにここ最近ずっと晴ればかりで雨が降る気配すらない。

しかし湿気だけはあって、もの凄くべたべたする暑さがやってくる。

ここに冷房という素敵な代物はもちろんなく、あるのは壊れかけた扇風機のみ。

最大限下に向けて弱々しい風に当たりながら寝そべる。

こんなにごろごろしていてもここの人達は何一つ自分に対して言わない。

まぁお手伝いはもちろんしている。もうすることが無いからこうしてごろごろ。

ふと喉渇いたなと思い、構って欲しい人を一瞥するが相変らず忙しそうなので一人で台所の方に足を向ける。

そこには予想通りの人が立っていた。

「ん?どうしましたか?黒崎殿」

「あ、ちょっと喉渇いちゃって…」

「そうですか、それではこれをどうぞ」

と冷えた麦茶を差し出してくれた。

「有難うテッサイさん」

テッサイと呼ばれた男はいえいえと恭しく答えると先ほどまで洗っていたお皿を片付け始める。

それを見て「何か手伝えることはありますか」と聞くと

大丈夫ですよ、それより部屋に戻ってあげてくださいと言われてしまった。


それがどういう意味なのかあまりよくわからなかったが

とりあえずもらった麦茶を飲みながらさっきまで扇風機に当たっていた所に戻る。

すると仕事が一段落したのかあいつは自分を呼ぶ。

「黒崎さーん」

「何?」

「何って…仕事が一段落したんスよー」

「あ、そう」

「あ、そうって…黒崎さん冷たい」

「暑いんだよ、喋るのもだるい位」

「私と話すのもだるいんですか」

「だるい」

即答されてほんとに今日の黒崎さんは冷たいなーと嘆く。

いや、ほんとは嘆くではなく嘆いてる振りだけど。

「煩い」

と一言言うとこちらを見てふーんと扇子を口元に当てながら言う。

こういう時は何か企んでいるから構わないほうがいいと察し、

背中を向けて寝ながら庭をボーっと見る。

するといつの間にか後ろに来ていたのかあいつの手が俺の髪を撫でる。

「暑いって」

「いいじゃないスかこれ位」

「よくない」

すると撫でていた手が退いた。

漸く諦めたかと思い庭の木々を見やる。

とその時

「!」

庭が一瞬隠れて自分の唇に柔らかい何かが当たる。

「てっめ‥「だって黒崎さ

んちっともこっち向いてくれないんですもん」

随分自分勝手だ。

一応さっきまで俺だって構って欲しいと思ってたんだよと言いたいが
そんな事恥ずかしくて言えない。

それに一応彼にだって仕事はある訳だからそんな我侭は言えない。

「構って欲しかったんデショ?」

「…っ!」

見透かされていたのが恥ずかしくて視線を逸らす。

「んな訳ねぇだろ」

と逸らしてから反論。

そんな可愛い子供を愛しそうに見つめる。

口が緩んでしまうのでそこは扇子でカバー。

「素直に言えばいいのに」

とわざと彼を煽る。

もちろん彼は瞬時に反論する。顔を真っ赤にして言っても
あまりその言葉の効果は無い訳で。

全くホントに子供だなと苦笑する。

笑っているのがわかるとさらに彼は口を尖らせて怒る。

そんな姿も可愛いだけで。

「黒崎さん可愛い」

と言うと彼は「どこがだよ」と拗ねる。

「全部」

「アバウトすぎ」

「じゃあ別に全部言ってもいいんですよ、 黒崎さんの髪が好き、目が好き、唇が好き、それから

「もういい!」

と折角考えていたのを途中で遮られた。

上を向いて考え

ていたので目線を戻すと

ゆでだこのように真っ赤な彼の顔が見えた。

今度はばれないようににやりと薄く笑う。

「ほんとですよ」

と念を押すと小さい聞き取れないくらいホントに小さい声で

「わかったから」と零す。

こんな子供に振り回されるアタシって。

そして振り回すこの子って。

幸せですねぇと呟く。

その意味がわかりかねたのか怪訝そうにこっちを見る子供。

そんな眉間に皺を寄せている彼の頭をそっと撫でる。

その後眉間の皺に唇を寄せる。

擽ったそうに抵抗するが本当に抵抗はしない。

「愛してます、黒崎サン」

「知ってるよ。」


fin.2005.7.5


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