屍的、人生の送り方

□1話目
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家まで、後少しの距離にある踏切に、やっと着いた。その時、踏切の遮断機がちょうど良く上がった。幸運だ、と思って自転車を進めると、突然、遮断機が下りてきた。




「何!?ありえないんだけど!」




突然のことに混乱した頭は、踏切から出ろ、と言う命令を体に出すのを忘れたかのように、真っ白になった。早くここから出ないと、それだけが残っていたようで、遮断機に手を伸ばしたが、すでに遅く。




グチャッという潰れる音と、何かがぶつかる、車に撥ねられるよりも酷い音が聞こえただけだった。人生が終わる音が聞こえたような、そんな感じ。人生初の体験をした自分を褒めてやりたい気分にも、叱ってやりたい気分にもなれず。ただ、轢かれたことを理解するのに時間を作りたかった。自分が死ぬという、最大の転機を手にしてしまったことを…。









朦朧とした意識はそこで途切れてしまったが、はっきりと目覚めているような感覚だった。












「大丈夫ですかぁ?」







不意に聞こえた声が誰のモノか分からず、たぶん、通行人か車掌かもしれない、と薄目を開けた。直ぐ横を見ると、人がいた。しかも、酷く時代を無視した男が。私が薄目を開けたことに、その人は良かったぁ、と八の字にさせていた眉を戻して笑った。




轢かれたはずの体は少ししか痛まず、男に警戒しながら、目をはっきりと開けた。自分の姿を見たときに驚いた。だって、傷が減っている。全身、血塗れなのに、出ていてもおかしくない臓器がしっかりと腹に納まっているんだから。信じられない光景に、我を忘れて呆然としていたら、肩を叩かれた。ビクッと体を震わせて、手に視線を這わせていくと、心配そうな顔で男が私を見ていた。




「あのぉ、大丈夫ですかぁ?」








「…あぁ、たぶん…?」





自分でもよく分からない状況で、大丈夫かさえも判断できない。だって、電車に撥ねられたんだから、多分どこかダメになっている部分があるはず。だけど、どんなに体を見ても、中身が出る程の傷は見当たらなかった。





「なんで、こんなに血塗れなんです?どこか怪我でもしてるんですかぁ?」




動けますか、とアホのように聞いてくる男には、私がどんなふうに映っているんだろう。怪我人以外の何に見えるのか教えてもらいたい。もし、これが返り血で、私が人殺しだとしたら倒れているのはオカシイはずだ。



体を起こそうと腕に力を入れるが、まったく動かない。痛みがないから気にしていなかったけど、腕が変な方向に曲がっていた。これを見ても、怪我している場所が分んないって、この人は大丈夫なのだろうか、と思ってしまった。





「…すみません。私、動けないみたいで…」




えっ、と驚いたように男は私の体を見る。そして、みるみるうちに青ざめていった。すみません、と叫ぶと、立ち上がり、門の向こう側へ走って行ってしまった。取り残された形で道に倒れていると、なぜ、踏切の近くに倒れていないんだ、と思った。だって、飛ばされたにしても、踏切があると分かる場所だろう。こんな場所は知らない。私の家の近くには、こんな建物ない。




目に映る大きな門には見覚えがあり、知っているのだと感じる。だけど、どこでコレを見たかまで思い出せない。こんな自分の頭は事故のショックでも良くなったりしないと分かり、ガッカリした。奇跡がおきないのは分かってる、でも、奇跡を夢見るぐらい許されるだろう。






「こっちです!」






不意に門から二人の男が出てきた。片方はさっきのアホで、もう一人は白い服の男だった。白い服の男は手に箱らしいモノを持っていて、私の近くに座るとすぐに手当てを始めた。




「大丈夫ですかぁ?」

「大丈夫ですよ。でも、どうして、こんなに怪我をしているんですか?」




腕や足の傷の消毒をして、折れた骨を固定していく手を見ていると、声をかけられたことに気付かなかった。自分の体のほとんどが包帯で巻かれているのに、痛みを感じない私は化け物なんじゃ、と思っていたからだ。




「…あぁ、…たぶん、死んだから…じゃないですよね?」






質問に対して疑問形で返してしまった。自分でも分からないことを聞かれたら仕方ないだろう。





「死んだ?でも、生きてるじゃないですか」


「そうですが、そうじゃない、っていうか…」





言葉を濁して、白い服の男に助けを求めるように視線を送ると、苦笑いをして、それよりも保健室に運んであげましょう、と言ってくれた。その言葉に男は、はい、と元気良く返事をして、私を持って来ていた担架に乗せる準備を始めた。





「あとで話を聞くんで、先ほど言った意味を教えて下さいね」




と、ふにゃりと笑って男は私を運んだ。



担架で運ばれている時、何故この状況ができあがったのか整理してみた。私は買い物の帰りに、電車に撥ねられた。その時に意識を失って、起きたらココにいた。…死んだね、間違いなく。醒めていく意識を無視して、男たちは保健室とやらに到着した。






―もう少し、私に時間をくれないだろうか…。







願ってもダメだと言うことは、今朝実証済みなのだが、願わずにはいられなかった。この場から消えることぐらいは、できるんじゃないのか。







「逃げようとしても無駄ですからねぇ」






頬を膨らませて怒っている顔を作ったのか知らないけど、迫力なんて微塵もない顔で、そう言ったアホ男に私は、エスパーか?コイツ、と不覚にも思ってしまった。





「声に出てましたよ」





と、親切な白い服の男が言ってくれた。なんか、恥ずかしいな。担架から布団へ移された私は、恥ずかしさから布団の中に潜って隠れた。子供みたい、とか思うけど、そんなの知らない。この人たちに見られているよりはマシだから。






「それよりぃ、さっきの話の続きをして下さい!」






アホな喋り方に似合うアホな声。私だったら、こんな声は嫌だ。話した途端にバカにされそうな声なんだもの。


あまりにもしつこくて、布団から顔を出してやると、私の頭の近くに座っていた。そんな姿が面白かったのは、誰にも言ってません。




「私、たぶん、死んでるの。ここじゃない場所で、事故死してる。考えたくないけど、ここは私の知る世界じゃないし、私の居場所(せかい)は、ここよりもっと未来」






信じなくて構わない、事故で頭をやられたオカシな人間だと思ってくれて構わない。だって、理解するなんて無理だもの、私が貴方たちだったら…。




呟いた言葉を彼らが、どう捉えたのか知らない。…知りたくもない。また、布団に潜ると、涙を流した。こんな状況になるなら、いっそ死んでいた方が良かった、そんな考えしかできなくなった私の頭には、彼らの言葉は届かなかった。










静かに訪れた世界の終わりを、私は耐えきれずに涙した。





―あぁ、神様なんて本当にいないんだ。





小さく、蹲る姿を誰にも見せたくはなかった。














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