短編
□見つめる
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いつも見かける可愛い子。
ロングスカートをふんわりと揺らして歩く姿は夏の暑さを忘れさせてくれる。
「…どうしたらいいんだ…」
独り言を呟いて彼女を見続けると、彼女がコッチに振り向いていた。
まずいと思ったが、彼女は気にすることもなく前を向いて歩き出す。俺が見ていたのに気付かなかった、か…?
少しだけ気落ちした自分を恥ずかしく思った。
乙女のように彼女の行動を気にして、毎日見つめ続ける。そんなことをしていると誰かに知られでもしたら、恐らく笑われるのだろう。だが、そんなことも気にならないくらいに俺は彼女を見つめ続けている。
見つめるだけの自分に情けなさを感じるが、コレはどうしようもないことだ。
もし、彼女に声をかけても相手にされなかったら…
もし、彼女が俺の見ていた通りの人じゃなかったら…
もし、この想いが俺の勘違いだったら…
そんな考えしか出てこない俺には彼女に近づくことすら叶わない。…なんて、考えたりする。
「かなり中二病入った気がしないか?」
「そうでもないですよ、皆そんなもんですから」
「そっか…」
…何で会話が成り立つんだ?
一人だけで彼女を見ていたはずなのに、会話になるはありえないこと。
振り返るとジミーがいた。…なんでこんな所にいんだ?
「それは、バイトの途中で先生を見つけたからで、偶然ってヤツですよ」
「いや、そんなことはどうでもいいからね。…見てた?」
先刻の自分の姿が思い浮かぶが、どうかコイツが見てませんようにと願うことしかできなかった。
「見てませんよ。先生が女性を見て悩んでる姿なんて」
「見てたんだ」
「すみません、見てました」
鋭い視線を送るとジミーは、すんなりと本当のことを言った。ヤダね、こんな嘘つく子供はさぁ。
このままジミーと会話するのも癪だったので彼女の消えた場所を眺めると、彼女が戻って来ていた。しかも、笑顔でコッチに手を振っている。
えっ、まさか銀さんの想いが伝わったの?と勘違いも甚だしいことを考えていた俺の後ろからジミーが、
「久し振りぃ、元気だった?」
と、彼女に声をかけていた。
何だ、コイツ。俺の邪魔した上に彼女と知り合いだと?片思いの乙女を舐めたら恐ろしいんだぞ!
「うん。退くんも元気だった?」
「元気だよ。冴木のためにもバイト頑張んないとだからね」
「あんまり無理はしないでね、退くんが元気じゃないと意味ないんだから」
「分かったって」
なんか、ラブラブな雰囲気の二人は俺のことなんて忘れて仲良く話してる。…マジ、ムカつくんですけどぉ、この地味野郎が。
心の中で悪態をついてジミーを睨むとコッチに気付いてくれた。なんか、俺が気付いて欲しいみたいな言い方だけど、決して、そんなんじゃないんだからね。
「あ、紹介するよ。この人が俺の担任の坂田銀八先生」
ジミーが言った後に続いて会釈すると彼女はふんわり笑って、退くんがいつもお世話になってます、と言ってきた。どうしよ、めっちゃ可愛いんだけどー。
「で、コッチが俺の姉さんの冴木」
「姉の冴木です。これからも退くんをよろしくお願いしますね」
まさか、な展開。
彼女はジミーの姉だった。仲良しなのも頷ける。だって、姉弟だもん。
すっかり拍子抜けした俺は遠慮せずに彼女を見つめていて、ジミーの声で我に返った。
「じゃあ、俺はバイトなんで。冴木も早く帰るんだよ」
そう言い残してジミーは走って行ってしまった。まさか、俺のために二人きりのシチュエーションを作ったのか?
内心嬉しくて仕方ない俺に、彼女は寂しそうに笑った。
「行っちゃいましたね。…そう言えば、先生は、何か用事があってココに?」
貴女を見に来ていた。なんて言えるはずもなく、俺は笑って誤魔化す。
「散歩してたらアイツに捉まったんですよ、気にしなくてもいいですよ」
「そうですか。じゃあ、一つだけ聞いてもいいですか?」
貴女の質問なら何でも答えますよ。
なんだろう、そう思って聞いたら彼女は驚いたことを言ってきた。
「勘違いだったら、恥ずかしいんですけど…。先生は毎朝、ここで何を見ているんですか?」
「えっ…」
すぐに答えることが出来なかった。だって、彼女が聞いたことに答えるのは、俺が彼女を見ていたと白状することになるのと同じだからだ。
答えを探す俺に、彼女は困ったように笑って、
「すみません、答えられないんでしたらいいんです。本当は何も見ていなかったんですよね、…私の勘違いで」
「違うんだ、何も見てない訳じゃなくって!」
思わず声を大きくしてしまった。少しだけ視線を感じるようになってしまったけど、ここで答えないと彼女は勘違いしていたと思ってしまう。
勘違いじゃなく、見ていた。彼女のことを。
伝えてもいいのだろうか、少し前に考えていたことのように、彼女が俺を相手にしなかったら?どうしたらいいんだ…
「大丈夫ですか?」
いつの間にか、下を見ていた俺に彼女は心配そうな声をかけてきた。
あぁ、こんな彼女が俺の思っているようなことをする訳がない。こんなに綺麗なヒトなんだから…。
「大丈夫ですよ。後、さっきの答えを聞いて欲しいんです」
そう言うと彼女はやっぱり微笑んで、俺を待ってくれた。
緊張で乾いた口が紡いだのは彼女への想い。
「毎日、あの道を通る貴女を見ていました。…好きです、貴女のことが」
ゆっくり、この想いが伝わるように、と俺の言葉を彼女に贈る。
前にいる彼女は真っ赤な顔を俯かせて小さな声で「私も好きでした」と言った。
神様、こんな幸運があっていいのでしょうか?
今なら、どんな不幸も幸福になる。そんな気分になれた。彼女は、はにかんだ笑顔を俺だけに向けてくれる。
「愛してるぜ、冴木」
小さく呟いた言葉が届いたのか彼女はもっと赤くなっていた。
小さな片思いの終わり。
「あの、冴木って呼んでいい?」
「構いませんよ。それに、普通に話してくれても良いですから」
「じゃ、俺のことは銀八って呼んで」
「はい。…銀八さん」
「うん。可愛いィ、コレ誰にもやんないから、お前にもな」
「俺の姉さんだから、ソレ。アンタのじゃないから」