短編

□略奪主義者
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「早くしなさい」



大好きな冴木さんに扱き使われている私は情けないと言われても仕方ない。



「ごめん、ちょっと疲れて…」



情けない、というように私を見下す彼女の視線は冷たくて、少し胸がキュンとなった。あっ、マゾとかじゃないからね、彼女が好き故に、だからね。


心の中で言い訳をしてから冴木さんの後をついていく。冴木さんの後ろ姿は美しく、長い黒髪がゆらゆら揺れて良い香りがする。


この時間が一番好きなんだよね。ずっと見ていても文句言われないし、彼女のために何かしてるって感じがして。



「何、笑ってるの?…気持ちが悪いんだけど、その顔」


「キモっ!?……ごめん、ちょっと嬉しくて」



冴木さんに気持ち悪いと言われてショックを隠しきれなかった私は、はははと笑って誤魔化した。


だって、大好きなヒトにいきなり気持ちが悪いだよ?キモいとかなら、まだ軽い響きでショックも軽いよ。でも、気持ちが悪いだよ?丁寧に酷いこと言うなんて…。そんなところも好きです。

(ショックの大きさ=好感度 に成りつつある。)




「そんな所にいないで早くしなさい、何度言えば分かるの?」




いつの間にか冴木さんは図書室の前にいた。私が考え事してる間に歩いていたみたいで、少し怒っている。



「あ、待って。直ぐ行くから」



走って彼女の所まで行くと、彼女は先に入って行ってしまった。


その後を追うように私も書物を抱え直して中に入る。



「返してきて、私は借りるモノを探してくるから」



それだけ言って冴木さんは棚に向かって歩いていく。別行動を少し残念に思って、返却の手続きを済ますと、直ぐに冴木さんは戻ってきた。腕には新しい書物が少しだけ抱えられていて、中在家先輩と一緒に仲良さ気に、だ。


すごくムカついたので、冴木さんのもとに行って書物を預かって貸し出しの手続きを済ます。どうだ、私の方が冴木さんの役に立っているんだぞ!




「三郎、どうかした?」



小さい声で心配そうに聞いてくる雷蔵に、何でもない、と返事をするが、心穏やかでないのは確かだ。だって、大好きな冴木さんが、先輩と仲良さそうにしている処を見てしまったんだぞ。これが怒らずにいられるか。



「鉢屋、何を考えているかわからないけど、早くしなさい」



そこには中在家先輩の姿はなく、冴木さんだけがいた。私のいる場所からは離れて、既に図書室から出ようとしていた。
置いてかれないように、早歩きで冴木さんのもとに行くと、彼女は私を振りかえらず、先に歩いていってしまう。



「…冴木さん…」


「なに?」




「…中在家先輩とは何を話していたんですか?」



やはり、先程のことが気になり聞いてみると、彼女は振りかえり私の目を見て言った。



「貴方には関係のない話よ。気にするなんて、どうかしたの?」






関係ない話…。あぁ、そうだよな、彼女は私のモノでもないのに、気にする方がおかしいのか…。






「鉢屋、どうかしたの?」


「いや、…なんでもないよ」




雷蔵の顔で笑顔を作る。


彼女は眉根を寄せてイラついたように、一言、もういいわ、と言って私の腕から書物を奪うように取ると、振り返りもせず帰って行ってしまった。



彼女を怒らせてしまった、それが私には酷く、後悔するモノだった。


小さな嫉妬を誤魔化すことが、彼女の怒りに触れるなんて思いもしなかった私は、急いで彼女を追った。




「それ以上近づかないで、キミは何がしたいの?」


「私は、貴女を想って…、それで、先輩に嫉妬を…」





私の言葉を聞いた冴木さんは、振り返り私のもとまで来た。少しだけ、まだ怒っているような顔で私を睨んでくる。





「嫉妬?そんなモノで、私に嘘をついたの?」





詰め寄ってくる冴木さんは、いつも間にか私の胸倉を掴んでいて、逃げられる状況ではなかった。嫉妬しているのに、何でもないと言ったことを怒っているようだ。


近くに彼女がいることは嬉しい、でも、この状況は…。





「鉢屋のくせに、私に嘘を吐いて良いはずがないわ。…一生、私に隷属すると誓いなさい」





勢い良く私を引っ張ると、素早い動きで私を跪かせる。書物を持った彼女は空いている手で私の髪を掴むと、顔を近づけてきた。不覚にもドキドキしてしまったのは内緒だ。







「…は、い…」





「分かればいいの。三郎、それを運んで」




彼女には敵わない。私の欲しいモノをタイミング良くくれる。



はじめて呼ばれた名前を嬉しく思い、私は彼女のモノとしての役目を果たす。







「わかりました、…鈴佳さん」





心も、身体も、すべて貴女に囚われた私は、貴女だけの奴隷。










一生の隷属
を貴女に誓おう。

















「で、中在家先輩とは何を話してたんです?」

「新しい書物を買うから何が必要か、って話してただけよ」

「(書物の話しか…)あんまり、私以外に笑ったりしないで下さいよ」






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