短編
□奪われたモノは…。
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(奪われたのは…)
はじめて好きだと思った男は、私よりも睫毛の長いチョイ美人。…なんか悔しいが仕方ない。そこは気にしないことにした。
いつも、食堂で見かけるだけの存在に恋をしたと気付いたのは今朝だった。いきなりだね、とか思った奴は恋をしたことがないに違いない。始まりはいつも突然、という何かがあるだろう、アレだ。
今朝、何が私に恋を発覚させたのかと言うと、鉢屋だ。
あのバカ、…いや、天才か。それは良いとして、あのバカは私の顔をして夜中に何やら仕出かしたらしく、教室に向かう途中で竹谷に捕まった。
……あぁ、話していなかったが、私は くのたまの五年で、ろ組のバカとは色々あって知り合いなんだ。
竹谷に捕まって何事かと思えば、彼が近くにいたんだ。だが、少し様子が違ったようで。
「お前、昨日はよくも…」
涙目の彼は、身に覚えもないことで私を責める。
「どれだけ俺が大切にしてたと…」
だが、それがどんなに身に覚えのないことでも、彼に泣かれては謝るしかない。だって、こんな彼は初めて見たし、予想以上に可愛いんだ。
「…よく分んないが、悪かった。…出来れば、私が何をしたのか教えてもらいたいんだが…」
「覚えてないのか?……俺の夕食の豆腐を食べたじゃないか!」
豆腐…。涙した理由が、夕飯のおかずを横取りされたこと…。
一瞬、どうでもよくなったが、私は二日前から今朝方まで実習で学園外にいたんだ。彼の豆腐を食べることはおろか、学園にいること自体が間違っている。
まぁ、予想はしなくても、身に覚えがなく被害がある場合はバカの仕業なんだが…。
「とりあず、悪かった。もし良かったら今日の夕食に出る豆腐を私の分まで食べないか?」
「食べる」
「……じゃあ。本当にすまなかったな」
なんてことがあり、彼に私は好意を寄せた。
どこが恋の発覚か分からない、だって?それは気にすることでもないだろう。私は私。人と少しだけ違うのさ。
まぁ、強いて言うなら、彼が……久々知兵助が、豆腐が奪われたと言って泣いたことが衝撃的だったんだ。ビビっと、来たよ。うん。
その後、変装バカに出会い、吊るした。鉢屋は悪戯が過ぎると、皆から言われているからね。誰も助けに来なかったよ。
それから一日を終えると、彼らとの食事が始まった。
「約束通り、豆腐もらうからな」
「あぁ、構わないさ」
「約束って何だ?」
私たちが会話をしてると、鉢屋が割り込んできて不思議そうに聞いてきた。…元凶はお前だろ?せめて勘づけよ。
「昨日、豆腐食われたから今日はもらうって話」
「……へー」
自分で気付けば良かったと思ったな、こいつ。
「でもさ、くのたまの五年って、兵助が豆腐食われた日に実習で学園にいなかったよね?」
不破が言っちゃいけないことを言ってしまったよ、鉢屋くん。
隣りを見れば、少しだけふざけた笑顔の鉢屋がいた。言うなら早い方が良いと私は思うぞ…。
「……じゃあ、俺の豆腐を食ったのって、誰?」
「私だったりしてー」
てへっ、と笑う鉢屋は変だ。正直に言うならマシな方法はなかったのか?
彼は自分の豆腐を食ったのが私ではなく、鉢屋だと知って怒った。
「お前かァァァ!!俺の豆腐を奪った奴は!!」
「落ちつけよ!今日はこうして豆腐も余分に貰えたんだし、損得なし、だろ?」
「それと、コレとは違うだろ!それに、コレは彼女がお前のしたことを自分で償おうとした立派な行動なんだ!」
…彼の言うことは正しい。鉢屋は責任感というものが欠けている気がするな。
しかし、立派な行動と言われると恥ずかしい気もするな…。
「…落ち着け、キミが怒るのも無理はないが、私が勝手にしたことだ。鉢屋のした悪戯に特に迷惑をした訳でもないから、今回は許してやってくれ」
「だってよ。だから、落ちつけ」
私の言葉に調子に乗るのは良くないぞ、鉢屋。私はお前を許してないからな。
彼は私の言葉に何か言いた気だったが、何も言わずに食事を始める。…いきなり気まずくなったのは気のせいか?
「…私は向こうで食べるから、ちゃんと仲直りはしておけよ?」
「分かってるって」
鉢屋の軽口は放っておいて彼の見ると、こちらを向いて何か気にしていた。私が何かしてしまったようだ。何を仕出かした、自分。
「…ここで、食べればいいだろ」
下から控え目に言ってくる姿は何故か、心が騒いだ。…コレは何だ?可愛いモノを無性に撫でまわしたくなる衝動に近いぞ?
「…一緒に食べても良いですか?」
「……勝手にすればいいだろ、ココは俺の席じゃないんだ」
好きだと思ったのは彼が初めて。
彼が私の格好をした鉢屋に奪われたのは豆腐。
私が新鮮な姿の彼に奪われたのは、心。
盗られたものは、おかずとココロ。
大好きになったのは変なバカのおかげ。
でも、感謝はしないし、悪戯を許してやらない。