「Ib」短編。

□1
1ページ/2ページ


「いい、イヴ。美術館では、静かにしなきゃダメよ!」

「他の人に迷惑かけないようにね。わかった?」

「・・・うん。」

「そう、いい子ね。」

「さすがお父さんの子だな。」

嬉しそうな二人をおいて、私は1人で展示室の中に入った。


…お母さん達をおいて先に行ったのは、分かんなかったからなの。9歳になってからね、時々分かんなくなるの。

時々ね、ちゃんとお母さんの言う通りいい子になれない時があるの。「イヴもそう思うわよね?」って聞かれても、ちゃんと「うん。」て言えないことがあるの。…今日はね、なぜかはわかんないけど、特にそんな感じがして、

だから今日は、お母さん達から離れてみたくなって…。



館内の一角に並べられた、大きな作品を見上げる。

「・・・『無個性』。」

「わっ、すごいなお嬢ちゃん。まだ小さいのにこんな難しい字が読めるのか?」

知らない人が声をかけてきた。すごいね、いい子だね、と、しきりに褒めてくれる。

…すごくなんかないよ、おじさん。だってお母さんにも「しっかり勉強しなきゃダメよ。」って、いつも言われるし。どんなにお勉強しても、足りないの。難しくて読めない字だって、まだいっぱいあるんだよ。

「お嬢ちゃん、この作品が伝えたいこと、お嬢ちゃんにはわかるかい?」

「…ううん。」

私が首を振るとなぜか嬉しそうにおじさんは話し始めた。

「思うに個性っていうのは、表情だと思うんだよね〜。……」

キレイなお洋服を着た、首の無いキレイなお人形を見て、独り言みたいにおじさんが呟く。眉間にしわを寄せて難しい話を続けた。

そして最後に

「しかしこのマネキン、スタイル良いな〜。」

と嬉しそうに手を口にあてた。


もう一回、改めて顔のないお人形を見る。作った人は確か、ゲルテナ。

…お人形を見てから、自分の恰好に目線を落としてみる。



――『お母さんはね、赤が一番大好きなの。イヴも赤が一番好きよね?』

『…うん。』――




お人形の体はゲルテナが作った。お人形のお洋服も、ゲルテナが好きなのを選んだんだと思う。

私の体は、お父さんとお母さんが作った。私のお洋服も、お母さんが好きな赤い色。いい子でいるために、お母さんの言う通りお勉強もしたし、お行儀よくもしてるつもり。

お人形は、”綺麗だね”って褒めてもらえる。私は、”いい子だね”って褒めてもらえる。

・・・誰かの好きな体になって、誰かが好きな服を着て、誰かの思う通りになれば、それがいい子ってことなのかな。

お人形はそれで楽しいのかな。よくわからないや。お人形は笑ってないし、怒ってもいない。だって顔がないから。


「いやぁ〜、さすがはゲルテナ先生だ!」「本当に素晴らしいわね。」「ご存命なら、ぜひとも弟子になりたかった。」


他の絵や彫刻も、みんなお客様たちにたくさん褒められてる。お客様たちはみんな、ゲルテナを褒めてる。

ゲルテナも、ちゃんと大人の言う通りに、いい子にしてたから、今こうして褒めてもらえてるのかな?

…わかんないや。でもゲルテナはきっと、お絵かきや粘土遊びが大好きだったんだろうな。ピアノよりもずっと。


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ