「Ib」短編。
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「いい、イヴ。美術館では、静かにしなきゃダメよ!」
「他の人に迷惑かけないようにね。わかった?」
「・・・うん。」
「そう、いい子ね。」
「さすがお父さんの子だな。」
嬉しそうな二人をおいて、私は1人で展示室の中に入った。
…お母さん達をおいて先に行ったのは、分かんなかったからなの。9歳になってからね、時々分かんなくなるの。
時々ね、ちゃんとお母さんの言う通りいい子になれない時があるの。「イヴもそう思うわよね?」って聞かれても、ちゃんと「うん。」て言えないことがあるの。…今日はね、なぜかはわかんないけど、特にそんな感じがして、
だから今日は、お母さん達から離れてみたくなって…。
館内の一角に並べられた、大きな作品を見上げる。
「・・・『無個性』。」
「わっ、すごいなお嬢ちゃん。まだ小さいのにこんな難しい字が読めるのか?」
知らない人が声をかけてきた。すごいね、いい子だね、と、しきりに褒めてくれる。
…すごくなんかないよ、おじさん。だってお母さんにも「しっかり勉強しなきゃダメよ。」って、いつも言われるし。どんなにお勉強しても、足りないの。難しくて読めない字だって、まだいっぱいあるんだよ。
「お嬢ちゃん、この作品が伝えたいこと、お嬢ちゃんにはわかるかい?」
「…ううん。」
私が首を振るとなぜか嬉しそうにおじさんは話し始めた。
「思うに個性っていうのは、表情だと思うんだよね〜。……」
キレイなお洋服を着た、首の無いキレイなお人形を見て、独り言みたいにおじさんが呟く。眉間にしわを寄せて難しい話を続けた。
そして最後に
「しかしこのマネキン、スタイル良いな〜。」
と嬉しそうに手を口にあてた。
もう一回、改めて顔のないお人形を見る。作った人は確か、ゲルテナ。
…お人形を見てから、自分の恰好に目線を落としてみる。
――『お母さんはね、赤が一番大好きなの。イヴも赤が一番好きよね?』
『…うん。』――
お人形の体はゲルテナが作った。お人形のお洋服も、ゲルテナが好きなのを選んだんだと思う。
私の体は、お父さんとお母さんが作った。私のお洋服も、お母さんが好きな赤い色。いい子でいるために、お母さんの言う通りお勉強もしたし、お行儀よくもしてるつもり。
お人形は、”綺麗だね”って褒めてもらえる。私は、”いい子だね”って褒めてもらえる。
・・・誰かの好きな体になって、誰かが好きな服を着て、誰かの思う通りになれば、それがいい子ってことなのかな。
お人形はそれで楽しいのかな。よくわからないや。お人形は笑ってないし、怒ってもいない。だって顔がないから。
「いやぁ〜、さすがはゲルテナ先生だ!」「本当に素晴らしいわね。」「ご存命なら、ぜひとも弟子になりたかった。」
他の絵や彫刻も、みんなお客様たちにたくさん褒められてる。お客様たちはみんな、ゲルテナを褒めてる。
ゲルテナも、ちゃんと大人の言う通りに、いい子にしてたから、今こうして褒めてもらえてるのかな?
…わかんないや。でもゲルテナはきっと、お絵かきや粘土遊びが大好きだったんだろうな。ピアノよりもずっと。