「Ib」短編。
□1
2ページ/2ページ
絵を眺めていたら、突然電気が消えた。怖くなってお母さんたちのところに行こうとしたら、お母さんも、他のお客様も、受付のおじいさんも…全部探したのに誰もいない。
(みんなどこ?…お父さん?…お母さん?)
ピシャッ、と壁から音がした。
”下においでよイヴ 秘密の場所 おしえてあげる”
「秘密の場所…。」
灯りの消えた部屋の壁には、いつの間にかそう書いてあった。
秘密の場所…。
ちょっと怖いけど、でもなんだか響きだけでも楽しそうなところ。でも、ダメだろうな…。
――『イヴ!知らないところに一人で行っちゃダメよ。』――
どうしよう…。
――『迷子になったら、誰かに道を聞いて戻ってくるのよ。でもいい、知らない人について行ったりしちゃダメ。わかった?』――
でもお母さん、此処誰もいないよ。ううん。さっきから咳が聞こえたり、窓たたいたり、”誰か”はいるみたいなんだけど…。
もう一度、壁の文字を見る。
「秘密の場所…。」
秘密の場所。
…美術館のドアは開かないし。窓も開かないし。道を聞く人もいないし。それにひょっとしたら、この”秘密の場所”っていうのが出口に繋がってるかもしれない。
だから…。
今は…お母さんもいないし。
(…ごめんなさい。)
私はお洋服のまま深海に入った。
薄暗い部屋の中、”おいで”、”おいで”という言葉に誘われるまま、部屋の前にさしてある真っ赤でキレイなバラを手に取った。
このバラ、キレイだけど…なんだかキレイすぎる。
…まるで作り物みたい。
(あれ?作り物のお花のこと、何て言うんだっけ?お勉強したのにまた忘れちゃってる…。)
「『そのバラ…あなた…』…?」
張り紙の字は、かろうじてそれだけ読めた。
――『お母さんは赤が一番好きなの。イヴも赤が一番好きよね?』――
「……。」
真っ赤でキレイなバラ。お母さんが好きな、赤い色。
「私は……。」
ほんとうは……。
…。
…ううん、いいや。言ったって、此処には誰もいないし。
お花というより美術品みたいな、その赤いキレイなバラを持って、私は青いドアの鍵を開けた。