「Ib」短編。

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絵を眺めていたら、突然電気が消えた。怖くなってお母さんたちのところに行こうとしたら、お母さんも、他のお客様も、受付のおじいさんも…全部探したのに誰もいない。

(みんなどこ?…お父さん?…お母さん?)

ピシャッ、と壁から音がした。

”下においでよイヴ 秘密の場所 おしえてあげる”

「秘密の場所…。」

灯りの消えた部屋の壁には、いつの間にかそう書いてあった。

秘密の場所…。

ちょっと怖いけど、でもなんだか響きだけでも楽しそうなところ。でも、ダメだろうな…。


――『イヴ!知らないところに一人で行っちゃダメよ。』――


どうしよう…。


――『迷子になったら、誰かに道を聞いて戻ってくるのよ。でもいい、知らない人について行ったりしちゃダメ。わかった?』――


でもお母さん、此処誰もいないよ。ううん。さっきから咳が聞こえたり、窓たたいたり、”誰か”はいるみたいなんだけど…。

もう一度、壁の文字を見る。

「秘密の場所…。」

秘密の場所。

…美術館のドアは開かないし。窓も開かないし。道を聞く人もいないし。それにひょっとしたら、この”秘密の場所”っていうのが出口に繋がってるかもしれない。

だから…。

今は…お母さんもいないし。

(…ごめんなさい。)

私はお洋服のまま深海に入った。





薄暗い部屋の中、”おいで”、”おいで”という言葉に誘われるまま、部屋の前にさしてある真っ赤でキレイなバラを手に取った。

このバラ、キレイだけど…なんだかキレイすぎる。

…まるで作り物みたい。

(あれ?作り物のお花のこと、何て言うんだっけ?お勉強したのにまた忘れちゃってる…。)

「『そのバラ…あなた…』…?」

張り紙の字は、かろうじてそれだけ読めた。


――『お母さんは赤が一番好きなの。イヴも赤が一番好きよね?』――


「……。」

真っ赤でキレイなバラ。お母さんが好きな、赤い色。

「私は……。」

ほんとうは……。

…。

…ううん、いいや。言ったって、此処には誰もいないし。

お花というより美術品みたいな、その赤いキレイなバラを持って、私は青いドアの鍵を開けた。



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