サンデー系

□夢のひとつ
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「あれ、紗英?」
 瞬いた大きな瞳。幾分低くなった声。
「おかえりなさい。國崎君」
 空港の大窓を背にした國崎君に向かって手を振った。





「どうだった? ニューヨーク」
「うーん・・・俺の英語がどこまで通じてたか・・・。まあでも、空気は伝わってたんじゃねえかな」
 楽しんで貰えたと思うぜ。にっと、挑むように笑う。
「まあ、アメリカは映画とかも黙って見る習慣が無いから、客席も賑やかな歌舞伎は国民性に合ってるんじゃないかと思うけど」
「へー」
「まあそうでなくても、君の舞台ならきっと感動して貰えたよ」
 微笑むと、國崎君は急に無言になって僕を見上げた。
「何?」
「つーかお前、何しに来たんだよ」
「え、お出迎え?」
「はあ? 暇だなー」
 呆れたように彼が呟いた、その背後。
「出雲!!」
「柚葉ぁ、お前まで態々・・・」
「やあ柚葉君。久しぶり」
 一歩歩み出る。
「紗英君!? はい。お久しぶりです!」
 僕を見上げて笑った柚葉君の薬指には、國崎君と揃いの指輪。





 たとえば君が本当に女の子だったら。
 たとえば君が僕に恋してくれてたら。
 たとえば僕らが、梨園の生まれでなかったら。
 そうしたら、もしかしたら僕と君は一生一緒に居られたかも知れなくて。

 そして、こんな幸せは有り得なかった。

 多分、生まれに由来するだけの歌舞伎への愛なんだろうけど、切り開いた道も敷かれてた道も、どっちも僕が選んで進んだ道。
 きっと君にも僕にも、歌舞伎に比べたら恋なんて余りにどうでも良かった。
 それでも、君に恋して、家族になって、一緒の幸福を歩む甘美な夢想は余りに幸せで。
 でも現実は、こんなにも幸せだ。

 手に入った物も、入らなかった物も、全て僕の全部。
 これ以上も以下もない。

 僕の、幸福な今だ。





 けれど、その中のあの瞬間を。

「ほら、紗英にあいさつ」
 柚葉君の後ろに隠れていた小さな影がそっとこちらを覗く。
「あの、えっと、・・・くにさき、きらです」
「・・・宜しく。雲英君」
 小さな手の平を握り返す。
 大きな瞳の輝きは、君に良く似ている。

『お祝い、態々ありがとな。柚葉もお礼言ってた』
『あ、そういやお前の名前、一文字貰っちゃったぜ?』
『だってお前は―――』

 俺の憧れの、男の中の男だからな。

 そうして君は、僕の手を取らなかった。
 僕の高校卒業が迫った頃、漸く気付いたんだと君は言ったね。
 僕が、理想の同性だったから憧れたのだと。そうして好きになったのだと。

 だから決して、恋はできないと。

 求め続けた物を失った代わりに僕が得たのは、何より輝く栄光の称号。





 歌舞伎の世界に生まれて、君に出会った。
 そうして知った全ての感情を。痛みを、甘さを、苦しさを、もどかしさを、幸福を。
 始まる前に終わっていた尊い恋を。

 16歳のあの1年間を、僕は生涯忘れない。


 最終回後。実際紗英ちゃんが掴める最高ラインの幸せってこの辺じゃないの?
 タイトルはGCの曲名から。「明日へ帰りましょう」っていうのは夢から覚めて現実を生きましょうって意味なのかなと。



夢のひとつ みただけ 明日へ帰りましょう
こんな穏やかな夜には さまようものよ
目覚めて君の道を歩いて
生命は儚いものなのに 人は時に求めすぎる

by GARNET CROW 『夢のひとつ』

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