サンデー系
□目標はそれ
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吾郎君が海堂を出て行った。
沢山のものをここに置いたまま。
海堂との決別の意志の現れか、吾郎君はここで得たものを、服とか靴とか以外の殆どをそのままこの部屋に置いて行ってしまっていた。
厚木の寮に入ってから買った雑誌だとか生活用品だとか。きっと僕達への感情さえ。いや捨てるほどの想いなんてなかったのかも知れないけど。
彼が持って行ったのは野球の技術と、僕達への闘争心だけだった。
勝手で悪いが向こうが放置したものだから、無断で処分することになった。
悪いっていうか、どっちかといえば僕が後始末押し付けられただけ何だけど。まぁ幸い起きてから朝練までの時間は余っている。
朝からキャッチボールの相手が出来るほど暇な奴は見付かりそうにない。見付ける気もない。明日からはランニングか軽い筋トレでもしよう。
カップ、歯ブラシ、タオル・・・。部屋を回って順に箱に詰めて、後は机の引き出しだけ。
傷んだ漫画雑誌を引きずり出して、何のメモか分からない(読めない)紙切れを束ねて、それから、
ボロボロになった紙の束に目が止まった。
それは、夢島のポジション決めで外野手のコースに放り込まれた吾郎君の為にと、僕が寺門のノートを写して彼に渡したものだった。酷く嬉しそうに受け取った彼に、無理しなきゃいいけどと思ったのを覚えている。
相当読み込んだようで紙の角は丸くなっていて、ページも何箇所か折れていた。いや、これは折ってあるのか。
きっと頭に叩き込んで、いや多分その前に身体が覚えて、そうしてこの紙束はもう吾郎君には不要になったのだろう。
他でもない僕が書いたものだけど、一時は彼のものになっていたものだったから、せめてこれくらいは手元に置いておきたい気持ちもあったんだけど(我ながらきもい)、僕はこの朝のゴミ収集車を黙って見送ることにした。
「良かったね。吾郎君の役に立てて、お前も嬉しかったろ」
汚れてくすんで、置き去りにされた紙束に嘯く。
最終的に不要になって捨てられたとして、自身に出来る最大の働きで彼の手助けを出来たのだから、悔いはないでしょう。
「佐藤、もうちょいで朝練始まるぞ」
「うん。今行くよ」
態々呼びに来てくれたらしい泉に返事をして、大きな箱を抱えて部屋を後にする。
「何だ、それ」
「・・・吾郎君の荷物。色々置いて行っちゃったから、監督に相談したら箱に纏めてゴミ捨て場まで運べって」
「うわ、とばっちりじゃん。佐藤さ、本当茂野に迷惑かけられっぱなしだな」
「まぁ、ね」
それから泉は箱の中から雑誌を一冊失敬して行き、僕はその程度じゃ少しも軽くならない箱に苦戦しながらようやくゴミ捨て場へ辿り着いた。
どす、箱を下ろして息を付く。ものいわぬ物達はついさっきまで僕の部屋に存在したもの。
彼もまた、ついこの間まで、確かにあの部屋に居たのに。
「・・・さよなら」
さよなら、僕の近くにあったものたち。
さよなら、僕達を取り巻いていた全て。
さよなら、
「吾郎君」
暫し、お別れだね。
「さて、」
顔を上げる。落ち込んでも始まらない。僕もまた頑張らなきゃ。吾郎君だってきっと今頃新しいどこかで頑張ってる。
僕を、僕等を、自分の手で打ち倒す為、今も自分を磨いてる。
一旦踵を返しかけて上半身だけ振り返ると、未練がましく箱の一番上に乗った例の紙束が目に入った。
ボロボロになった文字の羅列。責務を果たした吾郎君の糧。僕が彼に与えたもの。
知らず笑みが零れた。
「僕も、お前を見習って頑張ることにするよ」
彼がもう要らないと告げるまで、精々高い壁になって立ちはだかってやろうじゃないか。
+
このノートみたいに最大限吾郎の役に立って、ボロボロになったら捨てられたら良いなって思ってる寿也。
ちょっと頭おかしい(ちょっと?)。
どうでもいいけど泉が好きです(ほんとどうでもいいな)。
420 壊れる前に捨てて