サンデー系

□多分それが何よりも
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 そうだ。自分はきっとずっと彼女と生きて行くことを考えていた。
 彼女以外の女など本当は考えた事もなかった。

 かつて川瀬涼子という女が居た。
 2つ年上だから今21か。まさかまだ野球をやっているということはあるまい。
 彼女のようにソフトくらいは続けているかも知れないが。

 今なら客観視出来た。吾郎はあの瞬間、本当に一瞬だったが涼子を好きだった。
 しかしあの時から既に、涼子と共に生きる自分など有り得なかった。
 いや、本当に有り得ないのは自分と共に生きる涼子なのだ。

 自分と一緒に生きることは、きっと吾郎が自分で思うよりもっと難しい。
 最近漸く分かって来ていた。自分という人間が、世間一般から見ていかに異質か。
 それは野球選手としてすらそうであるし、もっと言えば、人としてだ。
 自分と深く関われば、大抵の人間は不幸になる。

 だって自分は余りにも他人の為に何かを出来ない。
 全て自分の為だ。吾郎自身が満足し、納得する為。
 相手を喜ばせる為に何かをしようという思考が、まず働かない。

 自己中ばかりの中学くらいまでならそれでも良かった。
 余りにもそんな余裕のなかった高校までならそれでも良かった。
 実力と、試合上のチームワーク以外に何も求められない球界でなら、それでも良い。
 けれども深く付き合う友人に、或いは恋人に、もっと言えばいつか、妻に、子供に、これで良い訳がないと、いい加減に察した。それでもどうにかしようと思えないのが自分だとも。
 だから自分はいつか野球以外の全てから見放されるのかも知れない。それくらいの事を、覚悟していた。

 階段を上り切ると、低い位置から金色の光が網膜を焼いて目を細めた。
 しかし次の瞬間にそれは遮られ、自分の元まで伸びた影を逆に辿り久しぶりだと声を上げる薫を見やった。
 夕日は海に消えつつある。
 そろそろタイムリミットだった。

 彼女は『初めて見る顔が沢山あった』と言ったが、そんなのお互い様だ。
 彼女がマウンドの吾郎しか知らなかったと言う以上に、きっと自分は彼女をきちんと見ていなかった。
 彼女は子供のようにはしゃぐ吾郎を見て喜んでくれる人だった。
 意外にも料理が上手かった。上手くなっていた。
 昨日の今日で誘いを受け、そして気軽なふりをして自分と話してくれた。

 そんな彼女だから、自分みたいなのと一緒でも、きっとちゃんと幸せを掴めると思う。
 彼女は自分などより余程強い。自分が幸せにしてやれずとも、きっと幸せになれると。
 けれどだからこそ、隣にあるのは自分ではない方が良いと、吾郎は思う。

「野球が好きな本田が好きだから」

 ここで「自分も好きだ」と、言うのは余りに簡単で、決して嘘ではない。
 そして彼女はそれを拒否しやしないだろう。
 けれど、自分が彼女を選べば、薫には損しかないと吾郎は思う。

「その時まだあたしがフリーだったら検討してやるからさ」

 ああ、と、思った。

 きっと合宿が始まってしまえば、彼女に電話の1つもメールの1つもしない自分は余りにも想像が付いた。
 そしてそれはきっと彼女もそうなのだ。
 彼女の方が、自分などより余程はっきりとその未来を描いて、それでも、
 来るかどうかも分からないいつかを、自分の為に待ってくれると言っているのだ。
 こんなにも、気軽なふりをして。

「多分、普通に好きな娘と、デートしたかっただけだよ」

 今日の誘いも、この言葉すら気を使った訳ではない。
 ほら自分はこんな時まで自分の為にしか動けない。

「10年かからなきゃ気付かない鈍感男だけど、それでも良いか」

 10年じゃない。彼女だ。
 彼女が言ってくれなければ、気付けなかったのだ。
 彼女が自分を好きな事、自分が彼女を好きな事、こんなにも、彼女が強い事。

 自惚れかも知れないけれど、吾郎は自分を1人でも生きていけると思っている。
 勿論野球は1人では出来ないが、そういう意味ではなく、精神的な拠り所が無くても別に平気だと思っている。
 人を失うのにはトラウマもあって脅迫観念じみた想いがあるが、もう今は、父にも、母にも、頼らず、委ねず、生きていける強さはあると思っている。
 それでも彼女には、一緒に居て欲しいと思った。

 多分それが何よりも答えなのだ。


 一回もまともに書いてないので告白前後で吾薫。ついでに初吾郎視点。
 吾郎はこの時点から結婚を意識してると良いなって思います。
 薫ちゃんは超絶良い女!

314 世界中の誰もがあんたを嫌っても、あたしは大好きだからね

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