サンデー系

□恋することしか出来ないみたいに
1ページ/1ページ

「ごめんな、紗英」
 出雲が苦笑する。
 直接手渡された葉書には、18歳になった國崎出雲と仲村柚葉が笑顔で写っていた。
「俺、ほんとは、ほんとに男なんだ」
 葉書には、2人の婚約が決まった旨が事務的に記されていた。





「出雲は、酷いよね」
「・・・玄衛?」
 婚約おめでとうと祝ったその口で酷いと称された出雲が大きな瞳を瞬く。
「紗英は、なんにも知らなかった」
 國崎家でささやかに行われた祝いは終わって、部屋にはボクと出雲だけが残った。
「どうして早く教えてあげなかったの?」
 ボクたちの中でも一番最初に出雲と知り合った筈の紗英が、出雲の婚約を知ったのはボク達から遅れる事2日、つい昨日の事だった。
「出雲は、残酷だ」
 今日、連絡も無いまま、とうとう紗英は姿を見せなかった。

 紗英は1年以上前からずっとずっと出雲を好きだった。
 彼は何時だって出雲の為を考えて、出雲の身代わりに働いて、出雲の幸福を喜んだ。それが自分にとって少しも益の無い事でも。
 出雲の見ているところで、見ていないところで、出雲の為に疲れて、笑って、嘆いて、傷付いて、変わって、そして何度でも恋をした。

「なのに紗英は、君が隠してもいなかった筈の、君の性別さえ知らなかったんだ」
 いきさつは全て紗英に教えて貰っていたから知っている。勘違いしたのは紗英の勝手で、それを正さなかったのはボク達もだ。
 けれど、紗英は出雲の事が何よりも好きで、大切だと、おどけながら、或いは全く真剣に、言葉で、態度で、表し続けた。
 分からなかったとは、言わせない。
 紗英が自分を女だと思っている事を、そして自分を好きだという事を知っていて、出雲は彼の間違いを放置し続けた。

「ねえ、どうして? 出雲は、紗英がほんとの事知って、嫌われる事なんか怖くなかったのに」
 女だと思わせておく事で、紗英が出雲に本気で恋をし続ける事で、出雲にとって益があるのならその選択も有りだと思う。
 彼を哀しませるのが嫌だとか、騙していたのかと責められるのが嫌だとか、今更説明するのも面倒だ、とか、究極、見ていて良い気味だからとか、そんなのでも。
 けれども、出雲には何も無かった。女だと思わせておいても何も無いのに、紗英の不幸を除いてやらなかった。

 静かに責め立てたボクに、出雲は表情ひとつ変えなかった。
「まあ、そりゃ・・・嫌われたくはねえけど、正直、嫌われても良いとは思ってた」
 そんだけの事はしたというか、させたかなと思うし。出雲は呟く。
「でも、怖かったんだよ」
 ついさっき嫌われるのは怖くないと言ったその口で、そんな事を言う。
「男でも良いって言われるのが、分かってたから怖かった」
 最初、紗英は出雲に一目惚れをしたけれど、男だと知って彼を嫌いさえした。なのに女だと思い込まされて、また出雲を好きになった。
 出雲は自分の計らいの副産物のその感情を、面倒だからと見て見ぬ振りをした。生まれた時からその手の好意を向けられ続けた出雲にとって、それは大した事ではなかった。
 けれど、そうしている間に育っていった紗英の気持ちをふいに理解した日、出雲は放置という行為のまずさを悟った。紗英の感情の重さ、強さを。それは最早、『性別』という隔たりで止められるものではないと、出雲には、分かったのだという。

「もし紗英が女じゃないと駄目なんだったら、俺はそれこそ一刻も早く打ち明けるべきだったし」
 出雲は酷く申し訳なさそうだった。どうして、そこまで好きにさせてしまったのかと、傲慢な引け目を感じている。

( ああ、そうか )

 出雲は、本当にこれっぽっちも紗英に恋を出来なかったんだ。
 だから出雲は、紗英が性別を超えて出雲を愛した時に、その命さえかけて恋した時に、何を言う事も出来なくなってしまった。
 でも、出雲はボクが思ってたよりずっとちゃんと紗英を好きだった。
 当たり前か。迷惑かけっ放しで、脅迫じみたことばっかりやってたボクの事でさえ、きっと出雲は好きで居てくれてる。

 そんな君だから、ボクは出雲が男でも出雲を好きなんだ。
 そんな君へ、躊躇無く好きだと言い続け、尽くし続けた紗英だから、好きなんだよ。

 紗英に何一つ教えてやらなかったのはボクも同じで、それは紗英を哀しませたくなかったからで、出雲を責めさせたくなかったからで、説明が面倒だったからで、見ていて良い気味だったからで、
 何より、出雲に恋している紗英をずっと見ていたかったからだ。

 栂敷家の財力、歌舞伎の才能、端麗な容姿、それなりの学力と腕力、全部投げ出して、或いは駆使して、愚かに出雲への恋を選び続けるその見苦しい姿を、綺麗だと思ったからなんだよ。





 出雲に別れを告げて門を潜った所で、紗英に出会った。
「ああ、玄衛。久しぶり」
 遅くなってしまったね。そうか、もう終わってしまったのか。大輪の薔薇を抱えた紗英が眉を下げた。
「どうして・・・」
「今日、稽古だったんだ。どうにか休めないかなって色々やってたら、開始時間過ぎちゃったから、連絡するのもアレかなと思って、」
「そうじゃなくて、何、しに来たの?」
「何って、そりゃ、お祝いに決まってるじゃないか」
 紗英はさも可笑しそうに笑った。何これ。笑えないんだけど。

「プリンセスを取り戻しに来たんじゃないんだ?」
 無理矢理口の端を吊り上げると、紗英はふいに真面目な顔になって、それでもやっぱり笑ったままで言った。
「だって彼は男の子だったんだもの」
「・・・ふぅん。紗英の気持ちってそんなもの」
「だって、男同士じゃ世間体とか難しいでしょ」
 嘘だ。出雲の言った通りだ。君が、梨園の御曹司だからって、後を継がなきゃいけないからって、後ろ指さされる関係だからって、そんなのが、出雲の隣を譲る理由に出来るものか。
 ボクがそれを口に出すより先に、紗英が言葉を続けた。
「女の子なら、僕が何を引き換えても幸せにしてあげるけど、性別のハンデを全部覆す自信は無いなあ」
 それよりは、柚葉君に任せた方が確実でしょ。
「素敵なカップルじゃないか。國崎君は、きっと幸せになる」
 ぐしゃ、
 思わず、花束を掴んだ。
 潰れた薔薇がいっそう強く香る。もう慣れてしまった、紗英の匂い。
「・・・君は、ほんとに可哀想なひとだ」
 無意味と知りつつ彼を詰る。

「僕は、僕よりも幸せな人を知らないよ」
 紗英は、諦めと祝福と痛みと傷と恋を抱いて、酷く幸福そうに微笑んだ。


 直接関係はないですが、百十三幕に衝撃を受けて勢い執筆。
 タイトルはGARNET CROWの曲名から。


まるで恋することしかできないみたい 優しい風をハシラセテゆこう
大切なのはなんて単純な気持ち一つなんだろう 最初から
僕は君と出会い ただ愛おしく 君が何を見てるとしても
変わらずに大切にしてゆけるって思えたんだ どんな形でも

by GC 『恋することしか出来ないみたいに』

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ