イナズマイレブン

□後夜祭の来客
1ページ/1ページ

 夢を見た。
 懐かしい青い髪と笑い合う夢だった。

「マスター、元気ないね?」
「・・・そうか?」
「うん。なんとなく、だけど」
 廃墟の床に穿たれた、直系10メートル程にも及ぶ大穴は澄んだ水で満たされている。人魚の吹雪はその淵に手を掛け、自身の使役者である円堂へ精一杯顔を近付けた。
 察した円堂の方が歩み寄って、傍へ腰を下ろす。
「何かあったの? ヒロト君のこと?」
「いや、あいつももう大人しいし、そもそも悪い奴じゃないし」
 つい先日、長く敵対していた組織と対決した際、自分達の前に最後まで立ちはだかった生ける屍。
 生前の記憶もなく、ただ製作者に従属し、それでも崇拝していた憐れなゾンビ。
 施設にあった生前のデータと照合して、『ヒロト』という名前を知った。
 現在は吹雪と同じ様に、円堂の使い魔としてこの場所に身を寄せている。円堂が根気よく付き合い、最近漸く笑うようになった。言えば、吹雪は尽力した甲斐があったと微笑んだ。彼はもう何年か前、その為に協力して欲しいと円堂に頭を下げられ使役されるに至った身の上だった。

 基本的には、円堂は自分から探したり攻撃したりして使い魔を得る事をしない。
 今円堂の元に居るのは、吹雪とヒロトの他に、山を追われて身の置き場を無くした人狼の豪炎寺と、ヒロトとはまた別の組織に使われていて、逃げ出してきた吸血鬼の鬼道の2人だ。彼らと円堂の契約は吹雪のそれよりも更に長い。
 それと、
 ばさり。頭上から大きく羽音が響いた。
「円堂君」
「アフロディ?」
 真っ赤な翼をゆるりとはためかせた悪魔が飛来した。彼は相当プライドも位も高いにも関わらず、使役されている訳でもないのに、円堂を気に入って何かと首を突っ込みたがる変わり者だ。
「どうかしたか?」
「うん。何か・・・誰か、入って来たかも」
「本当か?」
「分からない。でも、僕の張った結界が消えてるとこがあった」
「そっか・・・」
 円堂は暫し考え、豪炎寺と鬼道を呼んだ。

「侵入者かも知れない。一応ぐるっと見回ってくれ」
「分かった」
 短く答え、マントを翻して姿を消した鬼道と対照的に、豪炎寺は動かない。
「豪炎寺?」
「円堂、その、侵入者の事なんだが・・・」
「?」
 困惑したように眉根を寄せて言い淀む豪炎寺に、円堂が訝って顔を寄せる。
「どうか、したのか」
 問われた豪炎寺は尚も数瞬躊躇った後に、口を開いた。
「匂い、が、」
「匂い?」
 人狼である豪炎寺は犬以上に鼻が利く。その彼が察知した、何か。
「一体、何の、」
 円堂がそこまで呟いて、止まる。
 豪炎寺の大きな耳がぴんと背後を向いた。
 吹雪も、アフロディも、更に窓へ戻って来た鬼道も、その一点を見詰めている。

 突如、部屋の中央へ現れた黒衣。

 ざわ、
 真っ先に反応したのは吹雪で、群青の鱗を発光させる。彼の周囲の水が蒸発した後氷塊に変わる。
 豪炎寺も鬼道も臨戦態勢を取り、円堂の指示を待った。
 その円堂はまだ判断を決めあぐねている。
 アフロディが自己判断を下し、その周囲に鋭い邪気が形を取ろうとした刹那、

「久しぶりだな。円堂」

 思いの外、高く、明るい声が、余りにあっさりとその名を呼んで。
 顔を上げる。黒の上で煌めく青い髪の持ち主は、文字通り夢にまで見た、
「かぜ・・・まる・・・?」

 数年前にぱたりと姿を消した、幼馴染の姿だった。





 円堂がまだ、家族の元に身を置いていた頃。
 それでも既に、祖父譲りの魔物使いとしての片鱗を見せていた頃。
 たったひとりだけ、それを打ち明けた幼馴染がいた。
 円堂が妖精の声を聞くのを、指先に炎を灯すのを、隣人の死を予言するのを、人狼を保護するのを、吸血鬼を匿うのを、
 全く恐れずに、傍にいてくれた青い髪の少年がいた。
 名を、風丸という。

 円堂は彼に何度も怖くないのかと問うた。
 超常を扱う自分の力が。それによって彼をも非日常へ巻き込む可能性が。
 風丸は怖くはないと言い切った。たとえ恐ろしい目にあったとして、円堂の傍にあることの方が大切なのだと。

 しかし、丁度吹雪を使役した直後だったか。
 ヒロト―――当時組織からはグランと呼ばれていたーーーが、最初に円堂へ襲撃を掛けてきた際、運の悪い事に風丸が傍に居た。
 被害こそ及ぼさなかったものの、吹雪を、豪炎寺を、鬼道を扱い氷塊を炎弾を落雷を支配する円堂の姿に風丸は絶句した。
 なんて、想像以上の、

 そして彼は、円堂の前から姿を消した。

 風丸をなくして、無理をして実家に留まる理由なんてなかったから、円堂もまた街を離れた。
 そして先日、遂に組織を壊滅させるに至ったが、円堂の心は晴れなかった。
 たったひとり、自分が最早人でないと知っていて、人として扱ってくれた人。
 思ったよりも、胸は痛かった。

 その風丸が、今また目の前に居る。

「お前・・・」
「そんな、幽霊見たみたいな顔しないでくれよ」
 ゆるりと目を細めて、風丸は笑う。
 そのまま風丸が空を撫でる。錯視のように箒が描き出された。伴って風丸の衣装も形を変える。黒い三角帽とケープを纏ったその姿は、

「なん、で、」
「だって、」
 うわ言のように呟いた円堂とは対照的に、風丸は明瞭に語る。
「俺、円堂が戦うの見てさ、自分が甘かったって、思ったんだよ。俺はただ、円堂の傍で、一緒にいられるだけで良いって思ってたけど、それじゃ駄目だったんだ」
 目の当たりにした戦いは、自分の浅い予想の遥か上を行くものだった。
 酷く、恐ろしい、と、思ってしまった事こそ風丸には恐ろしかった。

 こんなんじゃ、円堂の傍に居る資格何かない。

「最初はさ、俺も魔物使いになりたかったんだけど、あれはやっぱり血筋だから、俺何かには無理だったんだよ。でもさ、方法なんて、幾らでもあるだろ?」
 思い返した戦いの折、円堂の傍に居たのは、共に戦う力を持っていたのは、人狼であり、吸血鬼であり、人魚だった。

 なら、自分も『そういうもの』になれば良い。

「ね、円堂、俺、それで左目無くなっちゃってさ、あと、寿命まで削ったんだよ」
 嬉々と語る風丸に、円堂は、円堂の胸中を察した魔物達は戦慄する。
「だからきっと、そいつらより、俺の方が、お前の役に立つ」
 ねぇ、円堂。
「早く、俺をお前のものにしてよ。印を、俺に焼き付けてよ」
「かぜ、ま・・・」
 円堂はふらりと風丸に歩み寄った。眉を寄せたアフロディは既に飛び去り、吹雪は水中へ姿を隠していた。
 一方で、2人をそれなりに良く知る鬼道と豪炎寺は、目を逸らせないでいる。

「御免、御免な。風丸・・・」
 泣きながら俯いた円堂に、風丸は穏やかに気にしないで良いよと笑った。
 円堂の目尻に新たな滴が浮いた。

 違うんだ。と、言える筈もない。

 円堂にとって風丸が大切だったのは、唯一自分を人として見てくれる人だったからだ。
 たった1人の、対等な『人間』だったからだ。

「御免・・・」

 そんなこと、風丸も分かってくれていると思っていた。だから一度も口にはしなかった。
 たった一度、自分がそれを言葉にすれば、こんな馬鹿げた事にはならなかったのに。

 首筋に印を押し当てられ、痛みに呻きながらも自分に微笑む、唯一の友人だったものを、
 このまま焼き殺して全部無かったことにしてしまいたいと円堂は本気で思った。


 パロディ苦手なんで漠然と原作沿い。
 イラスト描いた勢いで化物パロ。でも一転こちらはドン暗という。
 タイトルは一日遅れのハロウィン→後夜祭→後の祭 みたいな。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ