ジャンプ系

□ハコニワ工房
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 今日も、俺を呼ぶ声がする。

「おーい真月、学校行くぞ!」
「・・・お前も暇だなぁ」
 遅刻常習犯じゃなかったのかよ。毎日毎日廻り道しやがって。

 最後の戦いが終わって、アストラルがヌメロンコードで俺達を人間に転生させてから、3ヶ月程。
 放っとくと家に閉じ籠っている俺を、遊馬は毎日迎えに来ては学校まで引き摺って行く。いつかとは逆の光景。

「あ、ここのメロンパンすげえ旨いんだぜ」
「へえ、そうなんですか」
 遊馬の裏の無い笑顔に釣られてか、無意識に笑い返していた。
 気付いて顔を顰めたが、遊馬は酷く嬉しそうだった。

 不便な人間の体にも、一度馴らしていたのもあって随分違和感が無くなった。まあ、バリアンになる前だって人間だった訳だし。
 それでも、遠い前世の記憶は薄く、サルガッソ前後でも人として過ごす事を殆どしなかったミザエルとドルベは、慣れるまで相当苦労したようだった。
 今では彼等も、ナッシュやナンバーズクラブのメンバーの助けもあって随分順応していた。

「あ、シャーク、いもシャークも! おはよ!」
 遊馬の声に反応して、視線を前に向ける。
「ああ、お早う遊馬」
「もう、その呼び方辞めなさいよ」
 ナッシュとメラグが、楽しそうに目を細めた。
「・・・」
「ベクターも、お早うございます」
 黙っている俺に、メラグが厭味な声を出した。
「いい加減、1人で登校したらどうだ」
 ナッシュも、遊馬に向けるのとは違う低い声で言う。
「何ですかヤキモチですかぁ。バリアン7皇のリーダーともあろうナッシュ様が」
「あぁ?」
「おい、喧嘩すんなよー」
 遊馬が仲裁に入って、学年の違う神代兄妹とは廊下で別れた。

 遊馬は相変わらず俺の手を引いている。
 多少異様な光景だと思うが、1ヶ月以上続いている事だから誰も何も言わない。
 吐き気のする平穏。

( あ、 )

 ふいに、繋いでいない右手が、ズボンの硬い感触を伝えた。
 そういえば、朝食の食パンの袋を開けるのに使って、ポケットに入れてしまっていた。

「・・・」

 これを。
 喉元にいきなり突き付けたら、どんな顔をするのだろう。
 怒る? 悲しむ? 今更これくらいじゃ驚かない?
 考えても思い付かなくて、ポケットに滑り込ませた指先がその丸い刃を撫でて、

( ほんの少しの、刺激を )

 赤色の柄に指を引っ掛けて、鋏の切っ先を、目の前のお人好しに、

 びき、

「・・・っ!?」

 瞬間、腕が酷く強張って、手を擦り抜けた鋏は音を立てて床へ落下した。
「真月?」
 遊馬が振り返って、落ちた鋏に気付く。
「どうかしたか? これ、お前の?」
 拾い上げて差し出された鋏を反射的に受け取る。
 遊馬は何も気付いていない。けれど、顔が見れない。

 背を向けて、駆け出した。





「・・・何だってんだ」
 黙々と廊下を歩きながら自答する。
 俺が遊馬に敵対心持ってるの何て今更だ。向こうだって分かってる筈だ。
 だからこそ、ナッシュもあんなに警戒するのだろうし。
 先の光景をあいつが見たら、さぞ怒るのだろうなと思う。俺達の因縁は深い。

( 普通に挨拶するなんて、今までじゃ考えられなかったしな )

 そこまで考えて、はたと立ち止まる。
 違う。そんなこと、今だって考えられない筈だ。

 俺は何故ナッシュを許せたんだ?
 いやそれよりも、
 ナッシュは、メラグは、どうして俺を許せた?
 戦いは終わったから。過去を知ったから。今の俺にはもう力が無いから。
 本当に? 本当にそんな事であいつらが今更この俺を許容する何て有り得るか?

( 違う。遊馬が望んだからだ )

 何度もナッシュを救い、導き、俺を諦めず手を伸ばした遊馬が、俺とナッシュの両方を望んだから。

 寡黙で不器用で頼れる神代凌牙を。お節介でお人好しな真月零を。
 遊馬は俺達が本当は『それ』なのだと言った。
 そして俺達は今、『そう』している。

 最初に言われた時は、何を馬鹿な事を、と思った。
 確かに俺はかつて、善良な王であった。
 けれど、母の死を、幾多の虐殺を経て、歪んで歪んで、ここまで来てしまったのが『俺』なのだ。
 覆水盆に返らず。今更、正しい形に戻す事は出来ない。

 なのに、ここ最近、俺が演じていた真月零の人格が、当然のように顔を出す事がある。
 『僕』を名乗り、遊馬君と呼び、彼を探して、笑いかけて。
 あれは、遊馬が俺をしつこく『その』ように扱うからだとばかり思っていたけれど。

 ぞく、

 そうだ。何故今まで思い付かなかった。
 ヌメロンコードで『創り直された』俺達が、以前の俺達と本当に同じものだと如何して分かる?
 だって、遊馬は言った。『アストラルがヌメロンコードを使った』のだと。
 あの、遊馬以外の人間に興味なぞ欠片もない、遊馬の幸福だけを考える青白い魂が。
 あいつが、カイトやナッシュを、増して遊馬を酷く裏切り傷付けた俺を、態々世界に戻したりするだろうか。

 だとしたら、『俺』は、
 遊馬に傷一つ付けられなくなった『僕』は、

「あ、やっと見付けた。どうしたんだよ真月?」
「いいえ、何でもありません遊馬君!」
 遊馬に腕を引かれ、彼の望む『真月零』が笑い返す。

 ・・・ああ、そうですよね。
 例え僕がアストラルに創られたお人形なのだとしても、遊馬君がこうして笑っているならそれで良いんですよね。
 例え、

 この思考こそが、俺が『それ』である何よりの証明だとしても。


 ZEXAL最終回に別解。
 皆が幸せになるとどうにかして水を差そうとしてしまう病気。

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