イナズマイレブン

□たったひとりで飛んだ君
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『夏未は可愛いね』

 そうよパパ私は可愛いのよ。

『雷門のお嬢さんは本当に賢いわねぇ』

 そうでしょだって毎日いっぱい勉強しているもの。

『あと15年もすればさぞ立派な、雷門家を支える良妻になるでしょうね』

 何を言ってるの私はお嫁さんになんてなりたくないわ。私は私の為だけに髪を手入れして勉強してダンスを覚えて家を継いで、そりゃ必要ならお婿さんだって貰うけど、

 それでも私は、私の為だけに生きるのよ。





「円堂君のお祖父様が、生きてる?」

 思わず身を乗り出すと、パパは確証はないけどねと苦笑した。

「南の発展途上国で、そんなような人を見たという話が、幾つかあるんだ」
「・・・」

 幾つかのノートを遺して、消えてしまった伝説の監督。
 死して尚、円堂君を導いた、幻のひと。

 彼が、生きている?

 それから一月程、次のフットボールフロンティアを目指して、相変わらず部活に精を出す円堂君達を眺めていても、私はどこか心ここに在らずだった。円堂君がどんなに楽しそうに活き活きと動き回っていても、足りないものが見え隠れする気がしてならなかった。





 そして私達の前にはFFIの話が転がり込み、久遠さんが現れた。
 日本一を勝ち取り、エイリア学園を退けた円堂君達は、今度は新たな仲間と世界へ挑んでいくのだ。
 それは、どんなにか素敵な光景だろう。
 それでも、

「パパ、この間の話、ね、・・・私、自分で確かめに行くわ」

 考えて、考えて、そして私は、世界へ挑む彼の隣で彼の為にレモンを切ったりタオルを運んだり相手チームのデータを探ったりする事よりも、彼のお祖父様を探す事の方を選んだ。
 だって、例えばレモンを切るのは木野さんの方が上手いし、情報を探りに行くガッツは音無さんの方が上だ。情報の分析は監督や目金君がやってくれるし、
 そして円堂君の心は、新たにマネージャーに加わるのだと聞いた、あの久遠さんの方が、分かってあげられるのかも知れない。





「留学!?」
「ええ、海外留学。今夜発つわ」

 告げるならこの時間、この場所で、この2人に。
 夕日に輝く鉄塔に、木野さんの髪に、円堂君の瞳に、そう決めておいて良かったと心底思う。

「なんだよ、選考試合も見ないで行っちゃうのかよ」
「残念だけど、前から決めていた事なの」

 嘘よ。本当は、ついさっきまで悩んでた。
 でも、円堂君が余りにも、何一つ欠け何かないみたいに、世界への挑戦を掲げるから、気付いてしまったのよ。
 お祖父様の事を聞いてからずっと足りない気がしていた『何か』は、きっと円堂君の何かではなく私の気持ちであり行動なのだ。

「でも、FFIの応援には来てくれるんでしょ?」
「ええ、応援にはきっと。・・・木野さん。私が居ない分、貴女と音無さんに頑張って貰わなくちゃ。日本代表をお願いね」
「・・・えぇ」

 今まで余りにも、私を支えてくれた木野さんだから、
 言わなくたって大丈夫だと知っているけど、私の言葉で託したい。

「よぉーし、分かった!」

 割って入った声に、私も木野さんも目を向ける。
 吸い寄せるような橙。

「留学、頑張って来い! 俺達も頑張る!!」

 ああ、
 やっぱり、好きだ。本当に。泣きたいくらいに。
 彼のお嫁さんになら、なっても良いと、なりたいと、心底思う。
 彼の為なら、私は私以外の為に、生きてみたいと。

 それでも私は、これで例え円堂君のお嫁さんになる資格を無くしたって、円堂君の為に何かしたいのだ。
 私はお嫁さん失格で、恋人失格で、女の子失格だ。
 それでも、それで私が彼の為に何かが出来るのなら、そちらの方が良いと、そう思ってしまう事こそ私に何か足りない証なのだろう。





 飛行機の離陸と、微かな耳鳴り。
 ざっと目を通した資料には、私の全く知らない異国の情報が記載されていた。
 窓に目を向けるが、雲の上なのか明かりの一つも見えなかった。

 本当に彼のお祖父様が生きていたとして、彼を見つけ出すことが出来たとして、それが円堂君にとってプラスにならないのなら私は何もしない。
 事と次第によっては、何としてでも引き合わせようと画策するかも知れないし、逆に何としてでも会わせまいと権力を行使するかも知れない。
 まだ何一つ分からないから、私は彼に何を告げる訳にもいかないのだ。

 私は殆ど黙って旅立つから、円堂君の中の私は、今まで一緒に頑張って、結果世界への切符を手にした彼らを後押しし見届ける事よりも、自分のスキルアップを選んだ利己主義なお金持ちのお嬢様だ。
 勿論円堂君はそれで私を悪く思ったりはしないだろうし、FFIには私が行かなくても、円堂君の傍には音無さんが、木野さんが、久遠さんが居るから、不器用な私一人が欠けた所で特に不自由もないだろう。

 私よりずっと上手に素直に、そしてその近くで円堂君を好きで居る彼女らの誰かを、円堂君が好きになる可能性は余りに高いように思えた。
 私はきっと、彼のお嫁さんになれるほんの僅かな可能性すら潰してしまったのだろう。

 それでも私は今この瞬間、確かに彼の為に生きる事を選んだのだ。


 『円夏で切ない話』というリク頂いて68話ネタで夏未さんの精神世界。切ない、かなぁ・・・?
 円堂さんのお嫁さんになりたい、って一番思ってるのはフユッペで、実際問題一番円堂さんの役に立てるのは秋ちゃんだと思う。
 でも一番円堂さんの為に生き方を変えたのは夏未さんかなとか、思ったり。

Title by メガロポリス

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