イナズマイレブン

□さよなら、人魚姫
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 王子の愛を得られなかった人魚は、泡になって消えてしまう。

 もうずっと昔、上手く思い出せないくらいに前の事、俺は王子に助けられた。
 さかなびとだと、水妖だと、忌み嫌われた俺を、通りがかった彼が助けてくれた。

 だから俺は、海から這い上がって彼を愛した。今まで長い時間、俺も彼の助けになって来た。
 彼が俺に応えてくれたその時、俺は永遠の命を捨てて人間になるのだ。

「風丸」

 優しく優しく、彼は笑う。
 たったひとり、与えられた広い個室。真っ白なシーツに乗った俺に微笑みかける。

( 何、円堂 )

 俺の声は脚と引き換えに失った。
 けれど俺の脚はそこらの人間よりも速く駆けて見せ、円堂はそれを喜んでくれた。

「決まったんだよ」

 何が。想いは勿論声にならない。
 でも嬉しい。だって円堂がこんなに嬉しそうだ。
 俺の胸中は言葉何か無くたって伝わる。円堂はあのな、と囁いた。

「俺、夏未と結婚するんだ」

( ・・・え? )

 御免、御免円堂。人間の言葉、覚えた筈なのに。
 お前の言ってる意味が、分からないよ。

「じゃあ、今度改めて連れて来るから」

 円堂はあっさりと部屋を出て行った。
 何。今、一体何が起こってる?
 最近円堂は毎日俺に会いに来てくれて、いつだって幸せそうで、俺が人間になれる日も、近いんじゃないかなって・・・。

 ふらりと上半身が傾いで、ベッドに隣接する窓に額をぶつけた。
 窓からは中庭が見下ろせて、丁度俺の真下に、円堂と、髪の長い女が一緒に座っていた。

( な、んで、 )

 俺は知っている。あの女は王女だ。
 王子は俺が人魚だって知らないから、愛する相手を間違えてるんだ。
 このままじゃ、俺は泡になって消えてしまう。

 サイドテーブルに積まれた果物にはナイフが添えられていて、俺の細い手には丁度扱い易いと思う。
 長い廊下。階段。もう迷ってる場合じゃない。早く、速く、今なら間に合う!

「あれ、風丸さん?」

 あと少しで扉って所で、久遠冬花と鉢合わせた。
 彼女はここで働いていて、ああそうだこいつだって円堂を好きだ。
 でも今は久遠に構ってる場合じゃない。早く、殺さないと!
 久遠を振り切って芝の植わった中庭に歩み出ると、一転静かに歩を進める。気付かれたらやり難い。

 王子の愛を得られなかった人魚は泡になって消えてしまう。
 しかし、王子の胸を短剣で貫けば、俺の脚は再び尾鰭に戻り、永遠の命が戻るのだ。

 植木に身を潜めて2人の背後へそっと近付く。
 細く白い首筋は、もう目の前。

 円堂の隣に立てない尾鰭なんて要らない。
 円堂の居ない一生なんて要らない。

( この女さえ居なくなれば、円堂はきっと本当の愛を思い出す )

 強く短剣を握り締めた俺の耳に、酷く美しい、うたごえ。
 すっと血が下がる。ナイフを取り落としそうになった。

( ・・・この声は、 )

『私、円堂君の為に何かをしたいの』

 あの日の。
 王子の為に生きると。何だってしてあげたいと言った、あの。
 白い肌。長く、豊かな髪。煌く瞳。美しい唄。

( そうだったんだ )

 彼女こそ、人魚だったのだ。

 どこで勘違いをしたのだろう。
 俺なんかが、本当に円堂を助けてあげられてた訳、ないのに。

( 良かった )

 深夜、城を抜け出した。

 俺は御伽噺の人魚じゃなかった。
 王子に愛されなくても、死ぬ事はない。

「ほら、」

 本当は声だって出るじゃないか。あの女には適わないけど、綺麗な声なんだ。円堂は知らないだろ。

 じゃぶ、波が脚を撫でる。触れた先から魚に戻る気がした。
 心地好さを覚える反面、もう走れないと思うと、少しだけ惜しい気もした。
 さあ深く、深く、もっと先へ。
 母なる海へ。

 ざぶ、ん、

 水底が無くなった。
 青い髪が上に広がって、気泡と絡んで視界の端に映る。

( さよならだ。円堂 )

『こいつの髪の毛真っ青だ! 気持ち悪ぃ!』
『やめろよ! 嫌がってるじゃないか!』

 思い出す。あの時直ぐに分かったよ。お前が俺の運命だって。

『大丈夫か? 気持ち悪くなんかないよ。海みたいな、綺麗な色だ』

 俺は海に帰るけど、ずっとずっと、円堂の事愛し続けるよ。

『でも風丸、脚速いんだから逃げれば良かったのに』

( ・・・あ、れ? )

 ごぼっ、

 視界は泡で満たされた。





「円堂君、お疲れ様」
「ああ、夏未こそ」
「・・・大丈夫?」
「いや、本当に良かったのかな・・・ってさ」

 俺なんかが喪主で。泣き腫らした痕を隠す事もせず、円堂は苦笑する。

「ご両親の希望だもの。それに、風丸君だって、きっとこうして欲しかったと思うわ」
「そうだと良いな。俺、何もしてやれなかったからな」
「原因は分からないけど、悩んでたんでしょうね。最後、声も出なくなるくらいだったんだから」

 結婚、延期にしましょうか。気遣う夏未に寄りかかって、円堂は目を閉じる。

 昨日の朝早く、浜で人が引き上げられた。
 硬直した腕に抱かれたままだったナイフは円堂が引き取った。
 綺麗に形を残した遺骸は、腰まで伸びた青い髪と相成ってまるで人魚のようであったという。

 あいつ、声も綺麗だったしなと、円堂が小さく呟いた。


 ファンタジーでも何でもない。
 去年以上に遅刻ですがハロウィンって事で化物寄り人魚丸さん。
 やっつけな上に後味最悪ですいません。

Title by 滲

解説↓
風丸さんは精神を病んでて、失声症・妄想その他を発症して入院中
城ではなく病院。広い部屋、個室、は病室
円堂さんは頻繁にお見舞いに来てて、夏未さんは付き添い
フユッペが働いてるのは看護師だから
果物は見舞い品

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