イナズマイレブン

□『 』に成れたら
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 背中に円堂の視線を感じながら、けれども振り返りもせずにその場を去った。
 走る気力は無かったけど、円堂は追って来なかった。

 やっぱり、ショックだっただろうか。
 ・・・それとも、離脱した者など、どうでも良いのだろうか。

 でも出来れば、傷付かないで欲しいなと勝手な事を思う。
 もう駄目だと言った時の、彼の瞳の色が消えない。
 驚愕と、不信に塗られたその色は、
 円堂が俺の事を何一つ見ていなかった証明でしかない。

 豪炎寺、土門、鬼道、一之瀬、塔子、吹雪、木暮、浦部、立向居・・・、
 エイリア学園の襲来以前に、以降に、増えていった仲間達。
 皆、凄い才能の持ち主達だ。
 それでも、エイリア学園には、ジェネシスには歯が立たなかったけど、
 それでも、いつかは適うと、叶うと、信じていける者達だ。

 俺とは、違う。

 俺には大した分析力もない。パワーもない。俺には、この脚しかなかった。
 でも、それでさえ、追い付くことも出来なかった。
 そんな俺なんかもう、何の役にも立たない。足を引っ張るしか出来ない。
 けど、円堂の傍に居るのに耐えられなくなった本当の理由はそれじゃない。
 それならばまだ良いんだ。それだったら、せめて迷惑をかけないようにと、俺はまだ頑張れる。
 足手纏いの俺を、まだ信じて、頼ってくれる円堂の為に、何度追い抜かれても、俺は何度でも走ろう。

 でも、思ってしまったんだ。

 何時か、きっとそう遠くない未来に、俺は足を引っ張ることすら出来なくなるのではないかと。
 俺なんか、居ても、居なくても、強大過ぎる敵には、円堂と、集うた強い9人には、同じことではないか、と。





 『大切なのは諦めないこと』

 聞き飽きるくらいに、円堂が唱え続けた言葉で、だからそれは、今や俺の経典でもある。
 それは真理だと、思っている。
 だけど、だからこそもう駄目だ。

 こんなでも諦めないなんて、俺には無理だったよ、円堂。





 随分歩いた気がするのに、傍らにはまだ海があった。
 あんなに眩しい赤だった海は、すっかり黒く暗欝に変わっていた。
 いっそこのまま海に消えてしまおうか。ほんの少しだけ、でも確かに本気で思う。

 ほんの少し前は酷く幸福だった。恋に恋する温くて甘やかな日々だった。
 1人、全て背負って、誰にも何も言わないで、たった独りでボールを蹴っていた円堂は本当に格好良かったんだ。
 好きなように好きなだけ走る傍ら、それを密かに眺めていたあの頃がきっといちばん安寧で無責任で残酷で幸せだった。

 サッカーどころか走る事も好きではなかった俺の手を引いて駆け回っていたあの時も、
 明日は算数のテストでまた30点を切ると母親に外出禁止令を喰らうと泣き付いて来たあの時も、
 陸上の大会で優勝したのだと電話をしたら家まで走って来てくれておめでとうと屈託のない笑顔で言ったあの時も、
 つい猫を拾ってしまい家を追い出され保健所になど絶対に行きたくないと泣けば近所を回り里親探しを手伝ってくれたあの時も、
 恋心にかまけて一時の助っ人のつもりだった俺に全幅の信頼を寄せてくれてその癖陸上に戻ると言っても引き止めたりしなかったあの時も、
 あれ程力の差を見せ付けられ遂に走る事さえ辞めた俺を見ていた癖に大丈夫だ俺達はまだまだ強くなれると知らず俺の心に止めを刺した時ですらも、

 俺は、どうしようもなく円堂が好きだったよ。

 何度も何度も円堂に恋して、でもその度に俺は苦しくなった。
 円堂の隣に居られて嬉しかったけど、彼の本音を垣間見る度に絶望した。
 俺の本当の幸せは、いつだって揺るぎなく過去にあり続けるんだよ。
 なのに円堂が見ているのは、いつだって仲間達の、自分の、これからの姿。
 これから成長していく自分達、新たに出会うだろう仲間、そして敵。

 過去に流れた全てを忘れて、円堂は未来へ手を伸ばし続ける。

 なんだろうね。これ。
 ひどいよ。円堂。
 俺、全部捨ててここまで来たんだよ。陸上も、友人も、時には学業、状況によっては、命さえ、半ば投げ出して、
 お前を好きだって、ただそれだけでここまで来たのに。
 円堂を好きな、それだけで、

 大して好きでもない、サッカーに身を投じて。

 ねぇ、そうなんだよ。俺さ、サッカーとかさ、そんなに好きじゃないんだよ。
 ああ嫌いじゃないよ。勿論好きだけど、それは『野球よりは好き』とか、『円堂が好きだから好き』とかそういう好きだ。
 少なくとも、命を掛けて守る程の価値があるとは思ってない。

 それでも俺がそこに居るのは、居たのは、
 円堂となら、それでも何より楽しかったからだ。
 円堂と2人、新しい場所へ行けそうな気がしたからだ。
 円堂が俺を、どこかへ連れてってくれるって、思えたから何だよ。

 円堂はきっとこれからも飛躍し続けて、遠く高みへ登って、いつか新しい何かへ手が届く日も来ると思う。それはとても鮮やかで楽しい夢想だった。
 でも気付いたんだ。
 そこへ行けるのは、円堂だけ何だってこと。
 円堂は、俺を連れて行ってはくれないんだってこと。
 追って来れた誰か達だけを連れて、円堂は新しいどこかへ行ってしまう。

 でも、今更気付いてももう、全部遅い。
 円堂はもう、俺を置いて行ってしまった。
 俺にはもう、なんにもない。

 陸上、友人、学業、他にもプライドとか、睡眠時間とか、他にも色々、全部なくなった。
 引き換えに手にした筈のサッカーも、円堂も、俺から離れて行く。
 俺は円堂を好きだったけど、円堂は俺を好きではなかったから、俺がサッカーを辞めたら全部が終わる。
 分かっていて、手放した。
 これで本当に、俺はもうからっぽだ。
 円堂は、例え一時傷付いたとして、新たな仲間に、確かな信念に支えられ、あっという間に俺を過去にして忘れてしまうことだろう。





 円堂が見ているのは、仲間達の、自分の、これからの姿。
 これから成長していく自分達、新たに出会うだろう仲間、・・・そして、敵。
 新たな、敵、

 俺が『それ』になれれば、円堂は俺を思い出してくれるんだろうか。


 離脱まで見て突発円風で鬱丸鬱郎太さん。ダークエンペラーの予兆。
 実際新メンバー加入加入で初期からのメンバーはやきもきしてんじゃないかな・・・。
 でも円堂自身は「楽しかったら負けても構わない」って最終的に考えてるんだから、「弱い」=「円堂に見放される」というのは少なくとも間違った思い込みだと思う。

198 分かっている、でももう戻れない

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