Dunkelheit

□第W夜
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 ――とある街中。

 リールはある人物を探していた、行き交う人々。
道脇に立ち並び、煌然と立ち並び、其の店の華やかさを競い合うショウウィンドウ。
昼時で軒にテーブルを出し、腕によりを掛けたランチを振るまう喫茶店の店主達。実に日常的で長閑な光景の広がる通りをリールは歩いていた。
ふと、時計屋のからくり時計を眺めている若い男の背後にさりげなさを装い近づき、立ち止まった。


「動くな」


 リールは平坦に小声で其の男に言った。
男は僅かに反応を示し身を強張らせると、そのままの体勢でさっと身構えナイフを取り出そうとしたが、其の腕はもう既にリールに押さえられていた。
両者の間には緊張が走るが、周囲は何事も無いかの様に、只々時間が穏やかに過ぎて行く。


「――もっと四方に気を付けろって言ったでしょうが……はぁ。
 今ので一回死んでるぞ?」

 リールは男に呆れた様子で語り掛ける。
其の瞬時に砕けた語調と声に男はやっと肩から力を抜き、数瞬逡巡した。


「――……その声…………リール?
 お前リールちゃ……ッ!
 ゲフウゥッ!!?」

「ん? 何か言ったか?
 そう呼ぶなと言ったよなぁ?」


 リールは何か言いかけた男の腹に即座に一発見舞ってやった。
やはり周囲には何も気取られていないこのやり取り。
しかしどうやらこの二人は知り合いの様である。


「まったく……そんな風に呼ぶのはマスターとあんた位なものだぞ、ラヴェル」

「ハハハ……いやー久しぶりっスね。
 もう何年ぶりさなぁ、リール?」


 男――ラヴェルは腹を擦りながらも明るく笑った。
やや癖のある色素の薄い髪色に、左目は怪我なのかガーゼで覆われている垂れ目気味な彼はなかなかに良い見目の男なのだが、如何せん、リールに貰った拳が重かったのか些か其の笑顔が引き攣っていたのが実に残念な感じである。


「呑気なもんだ。
 そういう所は相変わらずね……まあ、四、五年ぶりってとこかな」

「んーそうっスねぇ。おれが黒翼抜けて一人立ちしてから会ってないんさ。
 まあそりゃ、知らない処で仕事が被ってたら別だけど」


 ラヴェルはリールと数年間、同じ様に首領から暗殺術を習い、腕を競い合っていた中だ。
そんな中、ある日突然『俺は愛とみんなのために生きるんさー!!』と、何を思ったのかそう言ったきり組織を中途半端に(勝手に)抜け、フラフラと万屋を営んでいるらしい。
今は楽しく、料理から奥さんの愚痴聞き等の家事、肉体労働の道路工事や笑顔が眩しいデパートの店員さん等ありとあらゆる事を引き受けている。
……極稀に何処から情報を嗅ぎ付けたのか、表立ってはできない様な裏の仕事も舞い込んで来る事も有りはして、完全には表の世界だけでは居させてくれないのは何の因果か。
やはり断ち切れない其の世界。


「――しっかし、何という偶然! まさかリールに会えるとはなぁ……俺、何か、すげー感動さ!!」

 ラヴェルが嬉しそうにはしゃいでいるのを横に、リールは少し申し訳なさそうな顔をしながらおずおずと言い出した。


「――実は偶然でもな何でも無いんだ……私があんたを探していたから」

「ぇえっ! そんなに俺の事を……っ!!」
 

更に感極まって頬を薄らと染めながらそう言えば、

「違うわっ!! 今回あんたを探していたのは、頼み事があって」

と、力一杯返すリールの言葉に少々ラヴェルは落ち込んだ。
しかし、其れにもめげず出来るだけ何でも無い様にサラッと答え返す。
どうせ黒翼での仕事関係だろうし。


「それなら、事務所で受け付けの手筈を踏んでくれれば良かったんさ」

 リールは表情をやや苦々しく硬くした。そして己の言葉に再度何かを確かめるように噛み締める。


「いや……これは私個人のお願いだから…………多分、あんたにしか頼めない。
 私の部下のユノを暫くの間、匿っていて欲しいんだ」

「えー――、なんでなんさ?」


 透かさずラヴェルが問い返す。
再会を喜び上昇した気分はだだ下がり、どこかだるそうな感じが態度に滲み出て来るのも仕方ないと思いたい。




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