Dunkelheit

□第W夜
1ページ/6ページ





 ──首領に後継者になれと言われた数日後、テーラーの策略が始まった。

 テーラーの手回しは早く、組織の下っ端幹部やらから首領の元へと彼女を次代のボスにする様に次々と意見を申し立てる者が挙がってきた。
此の者達は、テーラーが金で心を買い占めた奴等だ。
……いくら首領の信望が厚かろうとも、下の方までは徹底して行き届かないのは仕方の無い事。
彼等も又、金で雇われているに過ぎない連中であるからだ。

 そして、上方幹部にもやはり進言者がちらつく。
此の者達はボスを敬っているのは確かだか──…自分達の出世、名声に何処までも貪欲であったのだ。
其の様な者達をテーラーが野放しにしておく筈も無い。
自分を次代へと挙げた暁には、必ず昇進させてやるという盟約で……


 そうして着々と周りから手駒を集め、地盤を固め汚い手段(テ)で懐柔を進めていく中、リールへの対処もテーラーは抜かりは無い。

 手始めに集めた部下を使い、リールの所へ毎日の様に様々な大量の書類を改竄させ摩り替え、部屋を荒らし、武器に手を加えての破壊等――陰湿な物から下らない事までありとあらゆる事を講じた。
此れも全て、偏(ヒトエ)にリールの仕事に支障をきたせる為だ。

 そして態(ワザ)と失態を犯せ、巻き添えを食らわせその結果、依頼達成率を鈍らせ顧客の信用を落としあわよくば自滅を狙う、……若しくは其の際リールの事だ、頭ではたとえテーラーの一派による者達だと認識はしていようともやはり、同じ黒翼の同僚(仲間)だと思ってしまい助けるのだろう。
どんなに不条理であろうとも。
考えるよりも先に体が行動を起こし、撃ち合いの最中でも無闇に飛び出していくそいつ等をとっさに庇い、事を成す様な甘さがリールの根底には未だ在ったのだ。

 しかし、『偶然なる不幸』で彼女が死ぬ様な事等在りはせずそう簡単に己が其の様な物如きで倒れる筈も無い。
流石、首領自らの手解きを受け幼い頃から培った技術を以ってして其の様な事態に陥った任務や依頼であろうと無かろうとさばいて行く事がリールには可能であったからである。

 そのため、一向に事態が好転しない事に苛立ったテーラーは、次なる一手に打って出る。
もう偶然を装って始末するなんてまどろっこしい事は止め、直接手を下して存在を消すために暗殺者を嗾(けしか)けて来たのだ。
もちろん其の様な奴等など取るに足らないリールにとって、最初の内には相手にもしなかったのだが其れも日がな一日何度も何度も来るので適当に軽くあしらっていた。

 だが、其れもテーラーにとっては更に苛立たせる要因の種にしか成り得なかった結果に終わり、爪を咬む思いをさせられ続けられる日々が只、過ぎて行く。
其の間には重傷を負おうが何だろうが、むざむざ帰ってきた者には其の場や陰で、外に作った部下やテーラー自身が直接甚振り殺し、鬱憤を晴らさんとした恰好の捌け口に使われた。目には狂気に満ちた光が蓄積されていき、次第に日々濃くなる険悪な空気がテーラーの周囲を常に包む様になって行くのだった。


 ――…そんな折に耳に挟んだのだ、『紅染悠乃』の存在を。


 数年程前にこの黒翼にユノはやって来た。
この子はリールに拾われたらしいが、其の出生の詳細は定かでは無い。
其の存在もリールに近しいごく一部の者にしか知らされておらず、組織の仕事にも未だそう携わらせずにいる。


……其の筈であった。

今日までは。


 其れを見逃す莫迦では無い。
止(とど)まる事を知らないテーラーの悪意は遂に、リールにとって重要であろうと判断されたためにユノにまで及んだのだ。

 いくら要人警護等も含まれた任務をこなしているようなリールであっても、日々段々と実力も上がり増えて行く自分を狙う他の殺し屋や、首領が倒れた事により外との交渉や国との駆け引きといった執務や、他のマフィアに気取られない為のごたごたした抗争の鎮静化等その任も当たっている身で必ずしもユノの安全を保障できる状態では無い。
――…今この時信用できる者は数少ないがリールが依頼する事によって飛んで来る火の粉も払いつつ、ユノの保護ができる人物、アイツを探すかとリールは深い溜息を吐く。
……あまり他所に関係を持たせたくは無かったのだが、否応無しにも他を頼らないと負えざるに得ない事態を余儀なくされたのだから。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ