Dunkelheit
□第T夜
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――朝。
陽は鬱陶しいまでに眩しく差し込み、鳥のさえずりは、もはや耳障り以外の何物でもなく感じられる。ユノはブラインドをだるそうに巻き上げていく。
都内のある一角に在るマンションの一室。
青と白を基調とした清潔感のある部屋に、戦艦のポスターや古い地図が貼り付けられている。
一見、男子の部屋の様なこの場所がユノの私室だ。
「また新しい学校かー」
紅染悠乃はは高校二年生。
ごく平凡な成績で、変には目立たず、そつなく学校生活を送っている。
茶色い髪をセンターで分け、少しくせっ毛がある様で肩まである髪の先が撥ねている。眼鏡を掛けて勉強していると、どちらかと言うと物静かな感じのする少女だ。
ツ――ツ――ツ――…
木霊する小型無線の音。
「はい、ユノです」
「――――」
「Yes,ボス」
――ブツッ。無線が切れる。
「――転校初日から仕事、ね……」
ユノの裏の顔、それは『殺し屋』だ。
*
ユノが向かっている先は、大手の玩具メーカー『Honig Spielzeug』
だ。
だが、ユノが用が有るのは此処ではない。
この会社の奥深く、裏の世界でも知る人ぞ知る殺し屋『Shcwarz Flugel』だ。
正面玄関を入ると、外の世界の騒音が突然ふっと遮断される。
冷たいリノリウムの廊下の空気とユノの表情には不似合いな、可愛らしいぬいぐるみ達が両脇に並び、無機質なビーズやボタンの両目で見下ろしている。
赤いビロード張りの壁が延々と続き、其の間を靴音を空気に響かせ、天井に書かれたメルヒェンチックな空を眺めながら進んでいく。
珍しい玩具が展示されている廊下の突き当たりには、アンティークな装飾に凝った飾り箪笥が置かれていた。
ユノは、其の扉をゆっくりと押し開け、そのまま扉の奥へと消えていった。
――隠し扉である。
「紅染 悠乃(コウゾメ ユノ)、ただ今到着致しました」
「――御苦労様」
其処は薄暗い部屋の奥、ランプの淡い光に浮かび上がる人物――闇色の髪の揃えられた前髪の左の分け目からさながら、ターゲットポイントの様なタトゥーが覗く、眼鏡を掛けている女性が応えた。
そう、此の人物こそユノの上司であり『黒翼』最高責任者、ボスのMs,リールである。
「悪かったですね、転校初日だというのに呼び出してしまって」
ユノは、それにすぐさま答える。
「――いえ、これが私の本業ですから」
「――…そう」
リールは何処か悲しそうな目をした。
また隠し扉がスッと開き、新たな人影が此の室内に入って来た。
背が高く、何かを見据えた様な澄んだ瞳が、漆黒の髪の合間から此方を真っ直ぐに静かに見返している。
「リールさん、李 刹鬼(リ セツキ)、只今参りました」
「――…アストライア……到着」
刹鬼の後に音も無く入って来た、もう一人の少女が続く。
歳は、此の場に居る誰よりも幼く見え、其の顔は、ほぼ無表情のままリールや他の二人に向かって歩いていった。
リールは其れを確認し、口火を切った。
「皆さん揃った様ですね。
新しい依頼が入りました――」